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No.17

高田契と歩く
芭蕉の下野路

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 過ぎ去った時間は戻らない。こうしている間にも刻一刻と時は過ぎ、すべてのものに「過去」が積み重ねられる。だからこそ一期一会という、一瞬をも愛おしむ観念が生まれたのではないだろうか。
 かように時間の流れを止めることはできないが、宇都宮市在住の写真家・高田契氏は写真という、風景を切り取る作業を通して、芭蕉が生きた時間に遡ることができる。まさに、時空を飛び越えて。
 松尾芭蕉が東北・北陸への旅を決意して庵を出たのは、元禄二年(1689)の春。四十六歳の時だった。それから三百二十年以上の歳月が流れている。当時としては希有な一大紀行も、後世の人間にとっては遠い過去の漠たる出来事に過ぎないはずだが、高田氏は『随行日誌』を片手に、芭蕉の足跡をたどり、当時に思いを馳せながら自らのフィルターでろ過した心象風景を切り取り、あの時代の空気を印画紙に再現しようと試みる。すると、いつしか三百二十余年が消滅し、芭蕉が生きていた時代に遡れると高田氏は言う。たしかに彼に切り取られた風景は、現代でありながら、あたかも元禄時代であるかのような錯覚をおぼえさせる。
——芭蕉の文学というのは古を模倣したものではなく、みずから発明したものである。それ以前の貞門や檀林の俳諧を改良したというよりもむしろ蕉風の俳諧を創始したという方が妥当である——
 正岡子規は、芭蕉をそう評している。
 芭蕉は伝統の単なる後継者であることを越え、破戒者でもあったのだろう。その点、ピカソやランボーやビートルズと変わるところはない。と同じく高田契の写真もまた、一見懐古風の色調の中に、ヒリヒリするような破戒者の棘を隠し持っているように思えてならない。
 画面から滲むかのようなモノクロームの妖気、死後の世界をも思い起こさせるただならぬ異形の風景……。高田契氏の写真をじっと見ていると、自分が二十一世紀二生きていることさえ忘れてしまうから不思議だ。
 芭蕉や山頭火の俳諧をこよなく愛し、「写文一致」を目論む写真家・高田契。彼が独自になしえた芭蕉の世界をご紹介したい。

●企画・構成・取材・文・制作/五十嵐 幸子・都竹 富美枝
●写真/渡辺 幸宏

 

● fooga No.17 【フーガ 2003年 6月号】

●A4 約90ページ 一部カラー刷り
●定価/500円(税込)
●月刊
●2003年5月25日発行

 

おかげさまをもちまして、完売いたしました

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