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紺碧の将

用意とは、深い心づかいで未来を予見して計画を立てること

安田登

 宝生流ワキ方を務める能楽師の安田登氏の言葉を紹介。以前にもとりあげたことがある。「祇園精舎の鐘の声……」で有名な「平家物語」から。安田氏が解説を務めたNHK番組「100分de名著」のテキストの中で見つけた。
 
 平家が栄えるきっかけになった事件、「殿上闇討」の項で「用意」は語られる。
 

 平清盛の父、忠盛は財力によって上級貴族に昇進した。
 もとは武家の出。本来は宮中に上がることも許されない身分。しかし忠盛は鳥羽院のために寺院を造営し、御堂を建て、一千一体の仏像とともに寄進。これに感激した鳥羽院は忠盛を宮中への昇殿を許可する。
 納得がいかないのは、もちろん他の殿上人たちである。
 はたして「宮中での忠盛闇討ち」計画がもちあがる。
 
 それを察した忠盛がとった行動が「用意」であった。
 武家に生まれた自分がこんな思いがけない恥を受けるわけにはいかないといい、「かねて用意をいたす」。

 

 ―― 参内のはじめより、大きなる鞘巻を用意して、束帯の下にしどけなげに差し、火のほの暗き方に向かつて、やはらこの刀を抜き出し、鬢にひきあてられるが、氷なんどの様にぞ見えける。
 
 参内まえに大きな鞘巻きを束帯の下に隠し、薄闇の中でおもむろに刀を抜いて、自分のこめかみに引き当てた忠盛。闇に刀は氷のように光り、居合わせた貴族たちはその迫力に「目をすましけり」であったという。
 
 貴族たちの思惑のさらに上をいった忠盛の「用意」。
 安田氏によると、「意」は「音」と「心」が合わさった文字で、音は神の声を意味し、そこから「意」は臆度する、推しはかるという行為になるという。

 

 つまり、「意」は「直感」に近いものらしい。
「なんとなく胸騒ぎがする」「なにかおかしい」「もしかして…」と、なぜかわからないが何かを感じるときがある。
 

 直感やひらめきは、神の声ということか。
 しかし、その声が届くのは、深い心づかいが必要なのだと安田氏はいう。
 
 そういえば、『孫子』の兵法書にも書いてあった。
「将、吾が計を聴きて之を用うれば、必ず勝たん」

 時間をかけて、さまざまなリスクを想定しながら準備をしていれば目標は達成できる、と。
 
 東洋思想研究家の田口佳史氏は、そのことを「悲観的に準備して、楽観的に行動する」と言っていた。

 

 神は直感に宿る。
 大昔から「用意」「準備」は事を為すための極意だったのだ。

 

神谷真理子(本コラム執筆者)公式サイト「ma」

 

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(220425 第791回)

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