本質をたのしむ、それが知恵だ
詩人、長田弘の言葉だ。「カレーのつくりかた」の中にあった。といっても、これはカレーのレシピではない。詩である。カレーの作りかたを、そのままつづったら詩になった、という感じ。だから、長田流カレーのレシピにはちがいない。
そのレシピポエムを紹介しよう。
「カレーのつくりかた」
―― そうしなければというんじゃない。
そうときまっているわけじゃない。
掟(おきて)じゃなくて、味は知恵だ。
こうしたほうがずっといい、それだけだ。
さて、殻つきのカルダモンとコリアンダーを
手のひらに一杯、それから
黒コショーとクミンを大さじ一杯、
クローヴを丸のまま一つまみ、
シナモンは棒で三本、それらの
スパイスをかさならぬようにひろげて
フライパンでかるく炒る。
全体がカリンとしてきたら、火を止める。
強火で焦がしちゃ絶対にいけない。
カルダモンの殻をていねいにむく。
それから、ぜんぶのスパイスを一緒にして
すり鉢でゆっくり細かく擂(す)りつぶす。
サフランをくわえ、赤トーガラシで
辛味をつけて、さあカレー粉のできあがりだ。
香ばしい匂いがサッとひろがってくると、
いつだってなぜだかうれしくなる。
人生「なぜ」と坐ってかんがえるのもいいが、
知恵ってやつは「なぜ」だけでは解けない。
本質をたのしむ、それが知恵だ。
きみを椅子からとびあがらせる
とびきりのカレーをつくってあげるよ。
秘訣はジンジャー・パウダーを混ぜること。
するどい後味がじわじわと効いてくる。
と、以上が長田流カレーのレシピである。
だから?
どこが〝ちからのある言葉〟なんだ、って?
それを考えるのが、「知恵」ってやつさ。
今回は「空蝉」を紹介。
「空蝉(うつせみ)」といえば、『源氏物語』を思い浮かべる人も多いでしょう。衣だけを残して姿を消した空蝉の女房に、光源氏が送った歌はみごとでした。続きは……。
(220810 第806回)