二度とない人生だから
仏教詩人、坂村真民の詩のタイトルである。一度は目にしたり、耳にしたことがあるのではないか。誰でもわかる直球の言葉だからこそ、胸に残る。詩の内容は知らなくても、タイトルだけでじゅうぶん伝わる。詩そのものは生命愛を謳った、他者への慈悲に満ちた内容だが、自分も含めた一人ひとりのかけがえのない生命を慈しみ生かすための生命讃歌であることにはちがいない。
二度とない人生だから、精一杯、生き切きりたい。
この世に生まれおちた命は、おそらくみんな同じ思いだろう。
生命の方舟にのり、人生という川を下ってゆく。
ゆく先の大海までは、緩急の流れはもちろん、停滞もある。
長い航路、最後まで行きつくには、流れに身をまかせつつも、我が手で舵取りをせねばなるまい。
映画が恋した世界の作曲家・エンニオ・モリコーネ。
彼ほどこの詩にぴったりな人はいないと思う。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『ニューシネマ・パラダイス』の音楽を作曲した人といえば、わかるだろうか。
医者になりたかったエンニオは、父の意向に従い音楽の道へ進むも、家計を助けるためにナイトクラブのトランペット奏者となる。苦労の絶えない青年時代から、作曲家となった後も、本願のクラシック音楽ではない映画音楽の創作に明け暮れる日々がつづく。
思うようにいかない、屈辱の連続だったという。
それでも、エンニオの魂は音楽を求めてやまなかった。
魂を慰めるため、ときには流れに身をまかせ、激流をも乗り越え、創作人生の舵取りを自らの手でやりきった。
エンニオ・モリコーネの音楽人生に、坂村真民の歌が共鳴する。
―― 二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳を
かたむけてゆこう
医者になりたかったエンニオは、音楽という方舟に乗り、人の心を癒していった。
声なき声に耳をすまし、傷ついた自分と他者の鎮魂のために祈りを音にのせ、一生を捧げたのだ。
今回は「雪中花」を紹介。
白い6枚の花弁に、黄色い盃をのせた水仙。雪に覆われた土のなかで、いちはやく春のぬくもりを感じとって小さな花を咲かせるこの花は、江戸時代までは「雪中花(せっちゅうか)」と呼ばれていました。続きは……。
(230127 第829回)