あらゆる支配を免れし完全なる自由は、他の人々による節度を有せし支配に少なからず劣るなり。
プラトン『法律』
「支配」という言葉の語感が良くないので、プラトンのいう「他の人々による〜支配」も決して心地よいものではないが、それでも「完全なる自由」よりはマシだ、という主張には筆者も与したい。
そもそも完全なる自由など人間であるかぎりは存在しないのであるが、仮にそういうものがあるとすると、その世界はあらゆる「他」との交わりが存在しない世界だけである。想像しただけで身の毛のよだつ世界だ。
時に人間を没落させる自由への「幻想」や「あこがれ」は、自由の「過大評価」によって生じる。
ではそれを避けるにはどうすればよいのか。「自由とは、他者からの制約を受けない状態である」というような他者関係的な定義をやめて、「自由とは、自己を無限に解放させるためのエネルギー源である」という塩梅に、自己完結的に定義するにとどめておくのが一つの方法であろう。
(121211第48回)