心の糧は五感を通して心の底に映る万象を正しゅう判断して蓄えること。これが心に飯を食わせることですな。
西岡常一
稀代の宮大工棟梁、西岡常一。
法隆寺や薬師寺の棟梁として「鬼」と呼ばれた、日本建築の粋を体現する男である。
心を満たす飯、とは何だろうか。
腹を満たせばたしかに一時心も満たされる。
かような生理現象の効用もそれはそれである。
だがもちろん、西岡の説く主旨ではない。
宮大工は、感覚を研ぎ澄まし、五感を開放して仕事に臨む。
そうでなければ、生きものである木材を自在に操り、千年の時をまたぐ日本建築を手がけることなどおよそ不可能だからである。
厳しい仕事に身を置き続けることで、心はやがて(森羅)万象を正しく判断できる力を宿す。
あらゆる経験を、蓄えるべきものとそうではないものとに仕分けできるようになり、蓄えるべきものを自らの糧として無限に吸収できるようになる。
身体の成長が止まり、やがて来る死を迎えるまでの間、私たちは、どれほどの心の糧を蓄えることができるのだろうか。
(130305第65回)