心からの善意で為されたことが、しばしば結果としては悪を生み、それによって人の恨みを買うことが少なくない
以前にも紹介したイタリア・ルネサンスの思想家、マキャヴェリの言葉だ。某雑誌で経営共創基盤CEOの冨山和彦氏が引用していたのを見て、「これは」と思い取り上げた。
よかれと思ってやったことが裏目に出た、ということはよくあること。
自分がされて嬉しいと思うことは他人も嬉しいだろうと思うのも、これまたそうばかりとは言えない。
人間、そんなに甘くはないのだ。
他人はあくまで他人、自分とは考え方も感じ方もちがって当然である。
マキャベリズムを象徴する例として、冨山氏はこう述べている。
「人徳のある人は、だれか一人が犠牲になればあとの五人が生き残るというときに、だれに犠牲になってもらうかを決められず、結果的に全員を殺してしまうことがある」と。
いかがだろうか。
これに物申すというのなら、この大自然の脅威をどう説明するというのか。
冨山氏はさらにこう続ける。
「一人を犠牲にして残りの人の命を救うリーダーと、だれも犠牲にできないと言いながら全員を殺してしまうリーダーの、どちらが真に人間としての徳があるのだろうか」
真のリーダーは、自分に代わるリーダーが現れたとき、自らが犠牲になるのだろう。
リーダーは政界や企業の中だけではなく、家庭にも地域のコミュニティにもいる。
マキャヴェリの思想は、転換期を迎えている今の世の中にあっては必要至極だと思わざるを得ない。
平時ならともかく、戦時に匹敵するこの乱世を乗り越えるには、リアリズムなくして突破はありえない。
(161225 第269回)