変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる冷静さを、そして両者を識別する知恵を与えたまえ
アメリカの神学者、ラインホールド・ニーバーの祈りの言葉である。
第二次世界大戦時、この言葉を記したカードが兵士たちに配られたという。戦後はアルコール依存症患者への断酒メッセージとなった。
先日行われたWBA世界ミドル級王者決定戦で、奇しくも“不可解判定”というあまりにも不本意な判定で敗れたロンドン五輪金メダリストのボクサー村田諒太選手は、この言葉を座右の銘にしているという。試合後の紳士的な言動は、鍛錬された彼の精神の表れだったのだ。
変えられるものは、自分自身。
変えられないものは、自分以外のものだろう。
例外はあるにせよ。
自分自身にも変えられるものと、変えられないものはある。
手足の長さ、顔のパーツなど、持って生まれた造形は、基本的には変えられない。
これまた例外はあるけれど。
しかし、内面はいくらだって変えることはできる。
言葉、行動、心の持ちようといったものは、意識すれば変えられるのだ。
顔のパーツは変えられなくても、内面が変われば表情は変わる。
姿勢を正せばスタイルも良く見えるし、なにより心身ともに健康になる。
変えられないものにくよくよ悩んで貴重な時間を費やすことに、何の意味があるだろう。
変えられるものに意識を集中すれば、変えられないものへの執着は消える。
まずは、変えられるものと変えられないものの判別をしよう。
(170607 第323回)