罰の及ぶ所は、すなわち怒りに因りて刑をみだりにする無きを思ふ
中国・唐王朝の二代皇帝である太宗、李世民の言行録『貞観政要』から抜粋した。その中の、君子が心に留めておくべき十の思いと積むべき九つの徳、「十思九徳」の「十思」の最後がこの言葉である。罰を与えたり叱るときは怒りに任せてはいけないと言っているのだ。
北条政子の愛読書として知られる本書は現代のビジネスリーダーにも愛読者が多く、近年はリーダーだけに限らず、教養本としても脚光を集めているという。
人は感情の生き物がゆえ、ときに取り返しのつかないことをしてしまうことがある。
このやっかいな感情。
使い方さえ間違えなければ問題ないのだが、いかんせん取り扱いがむずかしい。
かのブッダも、賢者の要諦のひとつに〝動じない心〟をあげている。
「一つの岩の塊が風に揺るがないように、賢者は非難と賞賛とに動じない」
不動心こそ賢者たるあり方なのだと。
八風吹不動(はっぷうふけどもどうぜず)。
人の心をあおり立てる八つの風、
「利(順調)」「衰(意に反すること)」「毀(人を悪く言う)」「誉(ほめる)」「称(たたえる)」「譏(人の欠点を見つけて悪く言う)」「苦(身心を悩ます)」「楽(身心を悦ばす)」の、
どんな風に吹かれようとも動じない。
むしろ、風と遊ぶのだと禅は説く。
感情という風にあおられるのではなく、感じ、その動きを観察すればいい。
じっくりと感情と対峙することで、やがて怒りは鎮まり、喜びも抑えられることだろう。
人間の力で風はコントロールできないように、わき起こった感情をコントロールすることはむずかしい。
感情をコントロールするのではなく、心をコントロールするのだ。
リーダーや人の上に立つ人間に限らず、自分の心をコントロールできれば、どんな場所でも賢明に生きることができる。
(171223 第385回)