小鳥が今、何を言っているのか考える必要はない。小鳥のさえずりが美しいだけで良いではないか
ジョルジュ・ブラックとともにキュビズムの創始者と知られるパブロ・ピカソ。創始者だけに、キュビズムの作品を発表した当初は「わけのわからない絵」の代名詞のように言われていたという。「あなたの絵は何を描いているのか、わけがわからない」と。それに対するピカソの言い分がこれだ。
美しさの感じ方は人によって違う。
その逆も然りで、醜さの感じ方も人それぞれ。
禅的に言えば、美醜や善悪などと区別をつけるのはよくないとされているが、だとしても、美しいものは美しいし、醜いものは醜いと思うのが人の心ではないか。
「美しいものを美しいと思えるあなたの心が美しい」と言ったのは、相田みつおだった。
誰が見ても美しいと思うものは必ずある。
特に、日本人は風の音や虫の音、雨の音など、自然が生み出す音に美しさを見出す感性を持ち合わせている。
外国の人たちが雑音にしか聞こえない音を、音として聞き分ける素晴らしい能力。
それを思うとき、日本人でよかったと思わずにはいられない。
自然の美しさを表すのに理由などいらない。
山頂で見る満天の星空や、朝焼けの空は美しすぎて言葉をなくす。
美しい音色を奏でる小鳥のさえずりも、ただただ耳に心地いい。
それで、いいではないか。
理由はなくとも、体と心が歓喜にふるえるなら。
生命は動いているのだ。
感動する心がなくなれば、どんなに物質的に恵まれていたとしても心は虚しい。
魂が震えるほどの感動は、生命も歓ぶ。
感動を得たいなら、美しいものに触れ感性を磨き、感覚を研ぎ澄ませよう。
(180708 第447回)