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紺碧の将

四角な世界から常識と名のつく一角を摩滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう

『草枕』より

「智に働けば角が立つ。……」と、以前にも紹介したことがある。夏目漱石の『草枕』から、こちらも名句である。いわゆる、漱石の人間観や芸術観がふんだんに盛り込まれたこの名著、鬼才のピアニスト、グレン・グールドの愛読書だったというのも驚きではあるが、ここに惹かれたグールドの感性に惚れる。
 
 人というのは面白い。
 人ひとりであれば丸くもあり味もあるが、衆となれば四角四面の無味になる。
 無味ならまだしも、雑味ではまずい。
 
 大衆というのは、良くも悪くも大きな力になるものだ。
 大きな力は広がりをもつ。
 だからこそ、四角四面になりやすい。
 
 四角四面な窮屈さから解放してくれるのが芸術であると、漱石は「余」に語らせる。

「住みにくい所をどれほどか、寛げて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするがゆえに尊い」
 
 四角から一角を削って三角にする。
 人が作った常識という一角を取り除けば、なるほど、神や仏の三千世界が見えるかもしれない。
 そこに魅せられた人たちを、漱石は「芸術家」と呼ぶ。
 
「住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である」
 
 三千世界には宇宙の真理がつまっている。
 宇宙の神秘に気づき、魅せられたがゆえに詩を歌い、絵を描き、音楽を奏でた芸術家たち。
 彼らが創り上げた芸術は尊い。
 
 この世がどんなに生きづらい世の中であろうと、三千世界は存在する。
 秋は、ちょうどその世界を垣間見れる季節。
 芸術家たちが編んだ美しい三千世界に触れて、心身を洗い清めてみてはどうだろう。
(180901 第465回)

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