人間は歳をとってようやく、わかかりしころに何が起きていたのかを知る
格言でゲーテを取り上げるのは、あまりに王道すぎて躊躇する。が、やはり偉人ゲーテ。なるほどと頷く言葉は多い。
ある盆栽作家が修業時代、京都駅まで車で松下幸之助翁を送るとき、こう訊かれた。
「にいちゃん、いくつや」
「18歳です」
「ええなあ。もう一回、その歳に戻れたら、わしは10年で今の会社の規模にできる」
天下の松下幸之助も、一直線に登りつめたわけではない。
七転八倒し、辛酸をなめ、試行錯誤を繰り返しながらある境遇に達したとき、「あの頃にあのことを知っていたら」と思うことが多分にあったということだ。
多くの教訓を残しているのも、自分が苦労したからに他ならない。
後に続く者が、道しるべとしてくれたらと思ったのだろう。
時間を取り戻すことはできない。
こうやっている今も、時は刻一刻と過ぎている。
カチカチと刻む時の音に呼応して、トクトクと命は終末へと向かっている。
『ジキル博士とハイド氏』でお馴染み、ロバート・ルイス・スティーブンソンは、人生の終末期をこう表現している。
「人生を歩む一歩ごとに足もとの氷が薄くなっていくのを感じ、前後左右に同じ時代の人が、この薄い氷を踏み割って落ちてしまうのを見る」と。
過ぎ行く命の時間を、どう使うかは自分次第。
先人たちが遺した言葉に素直に耳を傾けてみれば、今、何をすべきかがわかるはず。
脳は騙せても体は正直で、無意識のうちに、目や耳は自分が求めているものに反応する。
時には喜んで、時には反発しながら。
メメント・モリを標榜するわけではないけれど、死を思えば生が浮き上がってくるのは確かである。
(180923 第472回)