イノベーションを興す、きっかけづくりをします。
株式会社ファーム・アルファ代表取締役、イノベーションコンサルタント、茶道裏千家専任講師村田博信さん
2018.10.01
SAP、戦略系コンサルティングファームを経て、現在は新規事業のプロデュースやプロジェクトマネジメント、イノベーション人材育成などに従事している村田博信さん。アカデミアでは芸術文化を通じた社会システムのデザインに取り組み、官民の連合体である一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)では常務理事兼事務局長としてオープンイノベーション創出の企画運営に関わるなど、多岐にわたって活躍しています。高い社会意識の源泉とこれからの展望を語っていただきました。
イノベーションを創造する
イノベーションという言葉は最近よく耳にしますが、イノベーションコンサルタントという業種があるとは知りませんでした。どんな仕事をするのですか。
その名の通り、新しい取り組みを推進します。たとえば、アートとテクノロジーを掛け合わせたものを教育で使おうという取り組みがあります。普通、美術館などで展示されている美術品は目で見るだけで手で触れることはできませんよね。それを、誰もが手で触れ、質感や形などを肌で感じられるようにするのです。そうすることで、障害のある人もアートを楽しむことができますし、子供たちにとってもアートが身近に感じられます。
世の中を見ると、高校や大学などの教育機関や地方自治体などでも新しい取り組みを行っているところが増えてきましたね。
そうですね。今は企業や組織が単独でイノベーションを興すことが難しくなっています。テクノロジーが急速に発展していることに加え、価値観の多様化などで社会問題が複雑になっているからだと思います。僕が所属しているFCAJは、そういった問題を解決するために、官民が一体となって意見を出し合いながらイノベーションを創造する環境を提供しています。たまたま成り行きで、2012年の立ち上げから事務局として関わることになり、今は常務理事兼事務局長として大手企業40社や経産省、文科省、国立研究機関(JAXA、科学技術振興機構、産総研など)とオープンイノベーションの推進をしています。
独立以前からコンサルタントの仕事をされていたのですか。
はい。独立する前は外資系ソフトウェアコンサルティング会社でコンサルタントとして働いていました。ただ、最初から期限を決めて就職したので、独立することは必然でした。
大学時代、ソーシャル・エンタープライズに憧れてアメリカへ行こうと、社内でも公言していて、4年間で留学資金を貯めました。
アメリカには行かれたのですか。
いいえ、結局行きませんでした(笑)。働くうちに状況も自分の気持ちも変わったのでしょう。退職後に友人とベンチャー企業を立ち上げたことも影響しました。留学で学ばなくても十分経験できたなと。そこで人材の育成やイノベーション、ファシリテーションなどのグローバルに活躍できるコンサルティングをしようと独立しました。
きっかけは、大学時代に読んだ本との出会いです。落合信彦氏の小説を読んで、グローバルな世界に憧れたのです。
どんな内容だったのですか。
いわゆる商社などのグローバルでバリバリ働くビジネスパーソンを主人公にしたフィクションのサクセスストーリーです。あまりにもエキサイティングな人生で、自分も小説の主人公のようなエキサイティングな人生を歩みたいと思いました。
人生を変えた読書体験
本に影響されたということは、よく聞く話ですが、もともと本が好きだったのですか。
いいえ、まったく(笑)。国語は苦手だったし、本を読むこともむしろ避けていたくらいです。大学も理工系ですし。
大学に入っても特に何がしたいと思うこともなく、平凡に過ごしていたのですが、あるとき、たまたま手にした雑誌に浅田次郎氏のエッセイがあって、人生についていろいろ書いてあったんです。そこに「とにかく本を読め」とあって、それから本を読むようになりました。同じ雑誌に落合さんもエッセイを書かれていて、その文章に惹かれました。今考えると、それが僕の読書の第一歩だったような気がしますね。落合さんの小説以降、さまざまな本を読むようになりました。
主にどんな本を読みましたか。
小説がほとんどですね。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』など、人物伝のような作品が多いです。一方で、村上春樹やカフカのような廃退的な小説も好きでした。司馬遼太郎作品はエンターテイメント性があって光(陽)のイメージがありますが、カフカや村上春樹は陰鬱で影(陰)のイメージ。その両極端を味わえるのは本の醍醐味ですよね。読書にはまってからは、授業をサボって図書館に入り浸っていました(笑)。そのときに読んだ沢木耕太郎氏の『深夜特急』が、僕の大学生活4年間のベースになったとも言えます。
というと?
『深夜特急』は全6巻の紀行小説なのですが、香港やマカオ、マレー半島、シンガポールと、1巻ごとに旅先の見聞がストーリー仕立てで描かれています。大学1年のときにその本に出会って、外の世界に憧れ、世界は広いということを知ったのです。
それで、アジアのエネルギッシュな世界を見てみたいと思い、アルバイトで旅費を貯めて、夏休みや春休みを利用して毎年2ヶ月間ぐらい、バックパッカーでアジアやアフリカの国々を旅して回りました。
インド、タイ、ラオス、ガーナ、そしてイタリア、フランスなど、ヨーロッパにも行きましたね。
旅先ではカフェで人間観察をしたり本を読んだり、のんびり過ごしました。そのときの経験は何物にも変えがたいです。特に、人間観察は今の仕事にも生かされています。小説家や写真家など、芸術家に通じるのは観察力だと思うのですが、それは、ビジネスも同様で、観察力がないと新しい発想は生まれません。いかに人を観察して、顧客視点で物事を考えられるかということがビジネスには求められます。それをデザイン思考といって、アーティストの視点や流儀で物事を考えるのです。
知らないことを知る楽しさと、変化してゆく喜びを知る
デザイン思考となると、ビジネスマンには難しそうな気がします。
ええ。だからこそ、現場へ行って実際に顧客に会う必要があるのです。コンサルタントとしてビジネスマンを現場へ行かせるのは、デザイナーやアーティストの視点でものを見てもらうためでもあります。アーティストの視点とは、人と人の関係性に視点を置くことで、たとえば、それは認知科学であったり、心理学や哲学、社会学、人類学にも通じる、本来のビジネスのあり方でもあると思います。
ですから、ビジネスマンもデザインシンキング(デザイン思考)になるためにも、フィールドワークを通して世の中の動きや人の思考を五感を通して実際に体感し、それを形にしてほしいですね。そのためにも、人間通になる。それはビジネスマンだけではなく、どの分野にも求められることだと思います。
大学の時に海外を旅した経験が、今につながっているということですね。
そうですね。とにかく、好奇心を刺激されたのが大きいです。僕の場合、大学時代に出会った本で好奇心が刺激され、海外に目が向いて、一度きりの人生だからいろんな経験をしようと思いました。若い頃にいかに好奇心を育むかは、その後に大きく影響してきます。
「とにかく本を読め」という浅田次郎の言葉が引っかかったのも、中学生の頃から何のために生きているのかとか、なぜ経済は成長しつづけなければいけないのかということを考えていたからかもしれません。中学生でGDPの動きに興味を持っていましたからね(笑)。
生きがいってなんだろうと漠然と思っていたことが、大学時代に氷解したのです。知らないことを知る楽しさや、自分が変わっていったり成長していくおもしろさを体験したことで、夢が広がりました。
村田さんは茶道や華道にも精通していらっしゃいますね。大学でも講師を務めていると聞きました。
はい。日本の学生たちだけでなく、海外の若者たちにも文化交流の一環で教えることもあります。
僕が茶道を始めたのも、海外へ行こうと思ってからで、海外へ行くなら日本の文化を知っておこうと知人の紹介で始めました。以来、15年間、お稽古を続けています。華道もだいたい同じ頃初めました。とにかく「型」があるということが面白い。しかもその中で自分のオリジナリティが出せて表現できることが魅力です。
今は忙しくしている自分をニュートラルに戻すためにお茶を点てるという意味合いもあり、忙しいときほど通うようにしています。あえて行かなければ、忙しさにかまけて行かなくなってしまいますから(笑)。
海外に行った人のほとんどの人が「もっと日本文化を知っておけばよかった」と口を揃えて言いますよね。
そうですね。僕も海外へ行く前に知人からそういうことを聞いていたので、日本人として最低限のことは知っておこうと思いました。
これからの時代は特に、日本人としての武器をもつことは重要です。茶道や華道も含め、日本文化はコミュニケーションツールにもなりますからね。
しかし、今は茶道も華道もやる人が減っています。なかなか一般の人に浸透していかないのは残念ですね。ただ、教育機関などで取り入れているところも少しずつ増えてきているようですし、一部の若い世代の間で茶道人気が高まっているのは嬉しいですね。何でもやってみて面白さがわかるのだから、あるのにやらないのはもったいないですよ。
企業も個人も日本的美意識や感性が武器になる
日本文化を広めるために、何か取り組みはされているのですか。
毎年、僕が所属する裏千家青年部ではハーバード大学や海外の学生たちを招いて茶道体験を行っていますし、2009年には外務省の日中青少年交流事業という文化交流で北京や大連に行き、文化チームの一人として中国の人たちの前で茶道を披露しました。予想以上に彼らは感動してくれて、日本をリスペクトしてくれました。
文化というのはソフトパワーです。世界の中で核になるのが文化であり、だからこそ守る必要があります。
また、母校の大学では「グローバル人材となるための教養講座(日本文化の理解と体験編)」というプログラムをやらせていただいていて、花やお茶、禅、日舞など体験を通じて文化の味わい方をお伝えし、グローバルな人材を育くむ取り組みを行っています。
活躍の場がどんどん広がっているようですが、なぜ、そこまで社会意識が高いのですか。
社会意識が高いという自覚はありませんが、もしかしたら、僕自身が文化や海外に触れたことで、好奇心が高まり、クリエイティビティに火がついたからかもしれません。それによって面白いくらいに自分が変わっていくのを実感しました。知識や体験が増えたことで見える景色が変わったんです。それを他の人にも伝えたい。社会の一員として、そういうきっかけづくりをしたいのです。きっかけがあれば、頭の中にマッピングができますからね。
実際、僕が今学生たちに行っている講義は、自分が学生のときに「こんな講座があったらよかったのにな」というものがほとんどです。
グローバル社会の中で生き抜くためには、日本人としてのプレゼンス(存在)を高める必要がありますし、そのためにも日本人の感性や美意識を高める必要があると思います。日本的美意識や感性はじゅうぶん武器になりますよ。
では、今後の方向性を教えてください。
教育の現場としては、学校だけではなく学校外で学ぶ機会をつくりたいですね。これまでの欧米型教育は足し算でしたが、これからの教育は引き算です。引き算した自分が本来の自分だとすると、学校でプラスしたものを引いていく、そのままでいいんだよ、ということを教える、学校ではできない場を作りたいです。それをビジネスモデルにして、社会全体に広げていきたいです。
ビジネスの現場では、引き続き企業の人材育成に力を入れたいと思います。特に、楽しく仕事に取り組むマインド作りでしょうか。イノベーションの種は、不思議や不自然に敏感なマインドとパッションから生まれます。
企業でコンサルするときに、僕が訊くのは「どこから市場が壊されるか」ということです。つまり、自分が他社の人間なら、どこを攻めるかを考える。そうすることで今の会社の弱点や問題点が浮上します。
いろいろな企業を見てきて気づいたのは、過去の成功体験で縛られている企業は衰退しているということです。これまでとは違った視点をもって新しい付加価値を作っていかなければ、これからの時代は生き残ることはできません。
今後、企業に求められるのはどれだけ付加価値を生み出せるかだと思います。コストやスピードばかりで戦っていては現場は疲弊します。その付加価値は抽象的なところ、目に見えないところにあると思います。だからこそ他社が簡単には模倣できない差別化になるのです。そういう意味でも日本の感性や世界観、コンセプト(概念)はグローバル時代において特に意識していくべき強みだと思います。
Information
【株式会社ファーム・アルファ】
【一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)】