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紺碧の将
Interview Blog vol.71

ゴミで世界を変えることをテーマに、人のためになる存在であり続けたい

株式会社ピースノート 代表取締役河村公威さん

2019.02.25

 

産廃物収集運搬業をはじめ、コンテナハウス製作・解体工事・エクステリアやリフォームなど、さまざまな業務を請け負う株式会社ピースノート。創設者であり代表取締役の河村さんは「人がやらないようなピース(欠片)を拾い集めているうち、自然にやることやできることが増えていきました」と言います。しかしその結論にたどり着くまでに歩んできた道のりは想像だにしないものでした。学びに対して常に貪欲であり、“気がつく”ことで今がある。河村さんのお話をお聞きしました。

捨てられる物が宝物になる可能性

大学卒業後はガソリンスタンドに勤務されています。お父様には大手商社に入社して、そこはスタンドの実務経験から始まるんだと嘘をついたそうですが、当時は本当のことは言いづらいものだったのですか。

 身内(家族・親戚)が公務員一家なんですよ。父も警察官ですし、「公務員になるんでしょ?」っていう雰囲気、期待感のようなものを感じていて……。でも公務員ってお金を稼ぐイメージがなかったし、やりたいこととは違うなって。端的にいうと稼げる仕事がよかったんです。頑張った分だけ成果が返ってくる仕事をしたかったんですよね。

 結局、その嘘も父にはすぐにバレちゃうんですけど(笑)。

ガソリンスタンドにはどのくらい勤めたのでしょう。

 1年くらいですね。覚えることがないと途端にやる気がなくなっちゃう性格なんです。ここでは仕事のやり方や仕組みを変えて改革をしました。その上でこれ以上できることがないと判断して次のステップに行きたいと思いました。

 そういえばゴミに着目したのもこの時でした。タバコのゴミをどうにかリサイクルできないかと思ったのが廃棄物関係に興味を持つきっかけだったんです。

 タバコのフィルターをたくさん集めて、たわしを作ってそれで洗車すると、泡がよく出て吸収力もいいんです。でもフィルターには小さい石が入ってるものもあって、それが車を傷だらけにしちゃって……。お客様からめちゃくちゃ怒られたんですけど、自分としては最高の発明だと思った(笑)。みんなが捨てるものがお金になる可能性があることに気がついたんです。

ピース(欠片)を拾い集めるという考え方はこの頃から芽吹いていたのですね。そしてスタンド勤務のあと、若干23歳にして有限会社河村商事を立ち上げています。この経緯についてお聞かせください。

 オーナーに辞める旨を伝えたらいきなり「なら、出資をしてあげるから明日から社長になりなさい」って言われたんですよ。絶対に稼げるようになるからとも言われ、社長という響きや立場に魅力を感じていたこともあって、じゃあやりますって即答しました。

 なんでそんな突拍子もないことを言われたんだろうって考えたんですが、今思えば、そのオーナーも多方面で経営をしていたので、今度はコンサルタント的なことをしてみたかったんでしょうね。何の経験もなかった僕を上手に導く、みたいな。

 それに学生時代にした“ある経験”のおかげで、お金に対する怖さっていうのに免疫がついていたんです。だから思いきって飛び込めた部分もありました。

“知りたい”という欲求のためだけの借金

学生時代にしたある経験、といいますと。

 借金をしました。限界まで借りて最終的には数百万円。

学生で数百万円の借金ですか!? お金に困っていたとか? それとも何か事業を始めようと思ったとかでしょうか?

 とにかく借金をしたかったんです。アルバイトもしていたし、お金に困っていたからではありません。将来的なことを考えてとかでもありません。お金を借りる、借金ができる、これ以上借りられなくなる、そこまでの状況になったときの感覚を知りたくて。

 心理について考えることが好きで、そうなったとき人はどういう感情を持ち、どう行動するんだろうって自分で実験をしてみたんです。他人の話を見聞きするだけでは、本当の感情まで知ることはできませんから。

まだ学生ですよね? ただ知りたいという気持ちだけでそれほどの借金を……。

 人から見れば変わった人間なんでしょうね。でも一度知りたいと思ったら納得いくまで追求したくなってしまうんです。この借金だって、本来ならする必要がないのですから、とても不合理なことだと思います。でも、自分には必要だと思ったからやってみた。生き方の問題なんでしょうね。

その借金は最終的にどうなりましたか。

 焼き芋屋さんをやってみたり、遊びに使ったりして、お金がなくなったらまた借りるの繰り返し。正直に言うと、いつの間にか本来の目的を忘れて好き放題に散財していたんです。

 これ以上お金を借せませんといわれた時の感覚は今でも鮮明に覚えています。うわーっていう形容しがたい気持ち、焦燥感、止まらない冷や汗。思い出しました、僕はこの感覚を知りたくて借金したんだって。

 次の日から返済に向けて動き出しました。アルバイトを掛け持ちして月々25万円ずつ返済して、最終的には完済できました。

 結論としては、それだけの借金を背負っても、働けば返せるじゃんって(笑)。だから借金自体は必要以上に恐れることではないんだって分かったんです。

しかし、言うはたやすいかもしれませんが、学生で毎月25万円を返済していくのは相当大変だったと思います。

 もうずっと働いていました。いやー、働いた(笑)。でも返済は2年くらいで終わりましたから、いつの間にか完済しちゃうもんだなって思いました。

 ノルマを課して、それを達成できるようにルーティンを組んで、それが日常になってしまえばあっという間です。

結果、得たものも大きかったわけですね。

 あんなに冷や汗をかいたのも、あれが最初で最後なんじゃないかな。人ってこんなに冷たい汗が出るんだなと思いました。人間はお金に困ると、もうお金のことしか考えられなくなる。そんな感情もその時に初めて知りました。

 でも返済できないことはない。お金って怖いものじゃなくて、道具のようなものだっていう感覚が身についたんです。

 これは実際に、身を持って経験しないと絶対にわからないでしょうし、そういう意味では借金をした目的は達成できたと思います。

 やってみてよかったですよ。この経験は僕の人生のあらゆる場面で活かされましたから。

挫折と反省、三方良しの大切さに気づくまで

突然社長になったわけですが、実際になってみてどうだったか、経営は上手くいったのかなど、当時のことをお聞かせください。

 灯油の配送業からのスタートでした。この業務って現金がどんどん入ってくるんですよ。だから実際よりも儲かってる気がしてしまうんです。それに若手社長とか言われて調子に乗っていて。

 でも税金とか経理のことは全然分からなくて。お金の回し方というか、経営というものがまるで分かっていなかったんですね。上手くやってるつもりが、実際は破綻寸前だったんです。

破綻寸前の状態に気づいたとき、どう感じましたか。

 当然このままではダメだと思いました。じゃあどうするかと考えたとき、当時からの習慣で今でも続けていることですが、「反省ノート」というものを書いているんです。いくつもの反省・経験・悩み・感情を書き綴っていった結果、ある結論にたどり着きました

 僕自身は自分のためではなく人のために生きること、そして会社はお客様に育ててもらえるような、人から信頼される会社にすること、それを誓ったんです。

 近江商人心得の三方良しという言葉、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の大切さに気づいて、どうしたらそうなれるんだろうと試行錯誤の日々でした。

具体的にはどのように動いたのでしょうか。

 まず最初に人を雇いました。本来そんな余裕はありませんでしたが、毎月必ず給料を払うノルマを課したんです。その人のために自分は働くんだという状況を作りたかった。そこで雇ったのがピースノート現専務の谷田部です。

 彼に灯油の配送業を任せて、僕はタイヤ関係の仕事を新たにはじめました。結果的にその業務が順調に伸びて、破綻寸前の状況から脱することはできました。

しかしその後、河村商事の権利をオーナーに返還していますね。業績は上向いていたのになぜでしょうか。

 結局は雇われ社長なので、出資してくれたオーナーの意向を無視できないんです。もともとコンサルタントに憧れをもって僕に社長になれと言ってきた人なので、とにかく経営に口を出してくる。自分の会社なのに自由にできない窮屈さに、精神的な限界を感じたんです。ここで一回リセットして、一から学び直そうと思い、ちょうど誘いを受けていたタイヤ販売の会社に谷田部と入社しました。

相棒との再スタート、そして独立

再スタートした先で学んだことは何かありましたか。

 すぐに営業でトップになって、学べることなくなっちゃったんです。その後、谷田部はそこに残り、僕は知人の紹介で中古車販売店で働きました。そこでサンフラットプロジェクトの岡田陽平さん(本ブログVol.57参照)と出会います。経営が上手な人で、話のひとつひとつがすごく勉強になるんです。ここで岡田さんから商売について学べたことは僥倖でしたね。

 谷田部もタイヤ販売の会社が倒産してからは、また別の会社で働いていました。

中古車販売店の後、谷田部さんが勤めていた会社で合流していますね。

 谷田部とはいずれまた二人で一緒にやっていくつもりだったのでずっと連絡は取り合っていました。

 あるとき、谷田部からこっちの会社に来てもらいたいと言われたんです。彼から僕へ何かを要請するのはこれが初めてのことでした。よくよく話を聞いてみると、この会社はひどい経営状況だったんです。

 すぐにその会社に入って、改革をし、売上も上がりました。でもどれだけ僕たちがお金を稼いでも、そこの社長は社員を大切に扱うことはしなかった。これはもう考え方が合わないなと思って、それですべてのお客様をそのまま譲るから、僕と谷田部は抜けると言って、二人で会社を辞めたんです。

その後、いよいよ谷田部さんとピースノートを立ち上げたんですね。

 この時、僕個人でゴミ箱の特許をとる寸前で、これで会社を立ち上げようっていうアイデアはあったんです。当然、谷田部と一緒に独立をしようと思っていましたが、断られました。家庭の事情もありますから、気にするなと言いながらも、これからが本番という時でしたから、悔しさは正直ありましたよ。

 もう諦めて一人でやっていこうと決心したんですが、しばらくして谷田部から連絡がきて、「家族を説得した、また一緒にやろう」って言ってくれたんです。嬉しかったですね。

一度断ったことは谷田部さんにとっても苦渋の選択だったんですね。それでも河村さんを信じて家族を説得してでも一緒にやっていきたいと思ったわけですから、お互いの信頼感をすごく感じます。

 最初は谷田部に社長をやってくれと言ったんです。僕が専務として動いた方が効率がいいと思ったからです。そうしたら彼は「お前は光で俺は影、ただお前を助けていく。それが俺の役割だから」そう言ってくれたんです……。

 じゃあ一緒にやろう、そして皆が忘れているものを拾い集めよう。まっさらな状態から少しづつピースを集めようと言ってピースノートがスタートしました。

 正真正銘、ゼロからのスタート。でも今まで積み上げてきた経験がありましたから何も怖くはありませんでした。ただ、本当にそれまでのお客様もお金も何も持っていなかったので、独立資金の問題がありました。結局、それは岡田さんが出資をしてくれて解決したんですけどね。

ゴミで世界を変える

河村さんにとって岡田さんは師匠のような存在でもあり、恩人でもあるんですね。

 二人で話すときは兄弟のようにふざけあったりしますけど、すごく商才があって、信頼できる人です。

 ゴミ箱の特許をとるお金がない、銀行から借り入れもできない、いいアイデアなのに商売を始められない……。そんなときに聞いた岡田さんの言葉は今でも忘れません。

 「いいアイデアがあるのにお金がないから商売ができないって言うような人はダメだね。それはただ自分に自信がないだけか、真剣に商売する気がないだけ。本当にいいアイデアなら、お金なんて喜んで貸してくれる人はたくさんいるよ」

 衝撃的でした。やっぱりこの人はすごいと思いました。お金の問題だけで実現できないのだとしたら、結局それはいいアイデアではないからなんですね。僕はこのアイデアに自信もあったし、独立も真剣に考えていましたから、その言葉を聞いて、胸を張って前に進むことができました。

ピースノートはどんどん成長していますね。

 ピースノートという会社は、自分たちができることを仕事にするのではなく、人が望むことを仕事にする、ただそれだけでここまで成長した会社なんです。

 僕は社員に「下を向いて歩きなさい。そして誰も拾わなかったものを拾い集めてから、前を向きなさい」って言うんです。上や前ばかり見ていていると、大切なものを見落としてしまう。感謝の気持ちや人とのつながり、いろんな可能性……。そういうことを忘れないように視点を変えて欲しいんです。

 全員でそのように歩んできた結果、どんどんやることが広がっていきました。ただし、どれだけやることが増えても、根底にある「人のためになることをやる」は絶対に変わりません。

河村さん自身も常に学ぶことをやめずに成長を続けています。

 新しい学びがないほど退屈なことはありません。だから知らない世界を覗きにいってしまう性格なんです。新しいことにもどんどん挑戦したくなる。

 僕はピースノートを背負えるような人材がいれば譲ってもいいと思ってる。僕自身がもう一度、一からスタートしてみたいっていう気持ちは常に持っていますから。また違った廃棄物関係のアイデアで別の会社を立ち上げて、ピースノートを支えたり、または追い越してみたいですね。廃棄物といってもいろいろとありますから、やりたいことはいっぱいあるんです。絶対にゴミで世界を変えるっていう思いは絶えることがありませんからね。

 生き方の目標として、お金を稼ぐことでもなく、会社が大成功することでもなくて、やっぱり人の役にたつことが一番なんですよ。だからそうなれるよう、もっといろいろな角度から挑戦していきたいです。

今後の目標をお聞かせください。

 マダガスカルで支援をしていますけど、現地の子たちにもっと可能性を与えられるようになりたいですね。だからこそ、ゴミで世界を変えることをテーマに、日本だけではなく海外にも目を向けて、ゴミがエネルギーにならないか、他に使い道はないか、そういう考えをもっと広げていきたいです。

 皆が忘れているもの、捨ててしまっているものを、僕たちが下を見て拾い上げて、ゴミが宝物になっていくような使い道を追求していきたいと思っています。

Information

【株式会社ピースノート】

〒320-0851 栃木県宇都宮市鶴田町1427

TEL 028-680-6380

HP:http://piece-note.com/

 

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