きみのバラが、きみにとってかけがえのないものになったのは、きみがバラのために費やした時間のためなんだ
サン=テグジュペリの『星の王子さま』の中で、キツネが王子さまに言った言葉だ。「大切なものは目に見えない」と言ったあとに続けてこう言った。当然至極の言葉だが、キツネはさらにこう続けた。「人間たちは、この真理を忘れてしまった」と。
王子さまは、旅の途中で美しく咲き誇るバラの庭にたどり着いた。
そのバラたちは、王子さまが大切にしている花に似ていた。
「君たちは誰?」
「わたしたちは、バラよ」
王子さまは驚いた。
王子さまの花は、「世界にバラは自分しかいない」と言っていたのだ。
それなのに、こんなにたくさんのバラが存在していたとは……。
王子さまは考えた。
「もし、あの花がこの庭を見たら、きっと気分を悪くするにちがいない。
みっともない思いをしないために死んだふりをするかもしれない。
介抱するふりでもしなければ、あの花はきっと、ぼくを後悔させようとして、ほんとうに死んでしまうかもしれない」
王子さまは、さらに考えた。
自分はこの世にたったひとつのめずらしい花を持っているつもりだったけれど、実はそれはごくごく当たり前のバラの花で、それ以外に持っているものも大したものではなかったのだと。
ひどく落ち込んでいた王子さまのところに現れたのが、くだんのキツネである。
キツネとのやりとりで、王子さまは「絆が深まる」意味を知っていく。
世間を見渡せば、手にしているものがあまりにちっぽけに思えることがある。
隣の芝生が青く見えたり、垣根が高く見えることも。
しかし、自分にとってかけがえのないものというのは、世間の広さでは計れない深さと重みがある。
ゆえに特別なものになっているのだ。
誰よりもそのものと真剣に向き合い、こうでもない、ああでもないと、時間と労力をかけたのだから。
命とは一人ひとりの持ちうる時間だと、故日野原重明医師は言った。
だとしたら、時間をかけて向き合ったものは、命を削って向き合ったもの。
それは、対人であり、動植物であり、信念や仕事、取り組んでいることでもある。
「人間は、このたいせつなことを忘れているんだよ。尽くしたものに対しては、いつまでも責任があるんだ。守らなきゃいけなんだよ」
何に時間を費やしたのか。
なぜ、なんのために、それに時間を費やす必要があったのか。
ほんとうに大切なものは、目に見えない「時間」の中に存在する。
(191013 第583回)