夢見るビーズ
HOME > Chinoma > 夢見るビーズ > 禁断の果実

ADVERTISING

私たちについて
紺碧の将

禁断の果実

2019.11.01

夏の終わりから秋たけなわの季節がやってくると、私はちょっと忙しくなる。

色とりどりの果物が並んでいる中で、お目当てのいちじくは大分地味な色をしていて、私はじっと目を凝らしてその存在を確かめる。

いちじくは日持ちがしないので、いい状態で店頭に並ぶことが少ない。たまたま勢ぞろいしている時は、ラッキー! とばかり4パックほど買い占める。

パックに5個くらい入っているので計20個、大切に持ち帰ってさあ私のショータイム、じゃなくてフィググラッセタイムが始まる。

いちじくは英語でフィグと言うので、マロングラッセをもじって勝手に私が命名している。

甘露煮といえば分かりがいいものを、それでは私のイメージとはちょっと違う。多分濃厚なラム酒とたっぷりのレモン汁が入るからグラッセに近いのであろう。

 

私がこのいちじくに魅せられてからおよそ10年の歳月が流れる。最初の頃は、農家のおばさんから段ボール一箱に2キロくらい詰まっている青い小さないちじくから始まった。

それを一度湯がいてから本格的に砂糖を入れて煮込むのである。香りとスパイスづけは梅酒であったような気憶がある。

私の故郷では小さい頃はどの家にもいちじくの木があり、実がたわわについていた。しかし今思えば残念なことに果物としてはあまり重宝がられない影の薄い存在だった。

幼友達が言うように、いちじくはお金を払って買うものではなく、柿と同じように近所から失敬しても許されるくらいのささやかなおやつであった。

それがどうした風の吹きまわしであろう。今や結構なお値段で、でもひっそりと秋の果物たちの仲間入りをしている。

産地によって、こっくりとしたあずき色のものであったり、オリーブグリーンをしたものだったり、なかなか素敵な色合いなのである。

今や段ボールで買えるチャンスもなく、私は市場や、スーパー、デパ地下を歩き回る。

 

さて私のこだわりはこの秋はピークを迎えたようだ。砂糖は4種類も入れる。特に氷砂糖が気に入っている。甘みの切れが爽やかだ。

そして決め手はちょっと高級なラム酒をタラーり……、ここはお酒好きの私の真骨頂。でも友人に配りまくるのでほどほどは心得ているつもり。

そしてもうひと押し、決め手の決め手は多すぎるかなと思うくらいのレモン汁を投入。ここでギュッと甘味が引き締まり、ラム酒が香り立つ。

飽きもせず今はこの作業を10回以上も繰り返している。ビーズワークをしながら、火加減を調節し、仕上りのまったりつやつやな様子を見る楽しみにはまってしまった。

 

いちじくをこよなく愛する私は、いちじくが長い長い旅を続けてきたことに思いを馳せる。

そう、アダムとイブが禁断の実を食べたことで神様の怒りに触れ、人間は罪びととしてあらゆる苦難を課せられた。二人を誘惑した蛇は一生地べたを這いずり回る生き物とさせられた。

「マルコによる福音書」の中でいちじくが出てくる。旅の途中空腹を覚えられたイエスは、いちじくの木を見つけてその実を食されようとしたのだが生憎実は生っていなかった。

イエスは大いに怒り、その後その木は根元からかれてしまった。というエピソードが描かれている。

「まぁイエスさまは何て大人げないことを」と私は単純に驚いてしまうのだが、聖書の世界はもっと深読みする必要がありそうだ。

旧約聖書のどこかにも……ぶどうの木にぶどうはなく、いちじくの木にいちじくはない……という個所があったと思う。関連しているのかなぁ。

 

いちじくのかたちをしみじみと眺める。言葉では形容の出来ない姿をしている。色も複雑で苦難の世紀を乗り越えてきた静かなたたずまいがある。

漢字では「無花果」と書くが、本当に花は見たことがなく、割ってみると中身は無数のピンクのぷちぷちが詰まっている。これが花なの!……驚きである。

いちじく独特の甘い香りがふくよかに立ち上る。「もぎたてを食べるのが一番美味しいんだよ」遥か遥か遠くからの声がする。

21世紀に生きる私はブラックコーヒーとフィググラッセの絶妙なコンビに酔いしれている。

 

すすき

 

すすきとわれもこう

画像/大橋健志

Topics

【記事一覧に戻る】

ADVERTISING

メンターとしての中国古典(電子書籍)

Recommend Contents

このページのトップへ