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紺碧の将

山重水複疑無路 柳暗花明又一村

『遊山西村』より

 南宋の政治家であり詩人であった陸游の『遊山西村』に、この一節はある。中国のことわざとしても有名で、日本では遊郭や花柳界のことを「柳暗花明」と喩えることもあるそうだ。春の野が花や緑に満ちて景色が美しいという意味らしい。
「柳暗花明の好時節と相成り候ところ、いよいよご壮健、賀し奉り候」とは、夏目漱石の著書『虞美人草』の一文である。
 
 山重水複疑無路 柳暗花明又一村
(さんちょうすいふく みちなきかとうたがう りゅうあんかめい またいっそん)
 
 山が幾重にもかさなり、川もうねうねと曲がりくねって、この先は行き止まりかと思いきや、仄暗く生いしげった柳の向こうに色鮮やかな桃の花に囲まれた村があった。
 よかったよかったと、ほっと胸をなでおろす陸游の姿が目に浮かぶ。
 
 道なき道を歩いていれば、この先はどうなるのかと不安にもなる。
 ゴールなき道であれば、なおさらだ。
 
 問題を1つクリアしても、さらにまた新しい課題が待っている。
 生きるということは、そういうこと。
 誕生がスタートなら、ゴールは死。
 その間に、どれだけの山と谷を乗り越えてゆくのか。
 
 山を登るのはしんどい。
 谷を下っていくのも、またつらい。

 

 だけど、山に魅せられた人は登るのだ。
 しんどいことも、つらいことも引き受けて。
 しんどいことやつらいことの先には、美しい景色があることを知っているから。
 しんどいことやつらいことも、楽しめるよう工夫をして。
 
 ただしんどいだけでは歩くのもつらい。
 風とたわむれ、草木とあそぶだけで心はなごむ。
 鳥たちの歌声は微笑ましいし、木の間からもれてくる光は美しい。
 
 人は行き詰まると視野が狭くなって、ますますドツボにはまってゆく。
「もうだめだ」と諦めそうになったときほど、顔を上げてまわりを見渡してみてほしい。
 きっと、今までとはちがった景色が見えるはずだ。
 
 前後左右、四方八方塞がっていても、
 上をむけば空がある。
 果てしなく広がる天空が。
 
 遅くても、ぎこちなくても、
 あきらめず一歩一歩あるいていけば、
 かならず新しい場所にたどりつく。

 

「美しい日本のことば」連載中

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(191122 第594回)

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