春の花 秋の紅葉とうつりゆく 色は色なき 根にぞあらわる
近江聖人といえば、江戸初期の陽明学者、中江藤樹。「孝を尽くし徳を養う」を第一義とした藤樹は、学問や知識よりも徳と人格を重んじ、「明徳」「孝」「知行合一」を明らかにすることこそ人としての本道だと門弟たちに教え説いた。その内容は高潔で気高く近寄りがたい感もあるが、彼が詠んだ和歌は風流なものも多く興味深い。この和歌もそのひとつ。
あるとき、ある人からこう訊ねられた。
「あなたは、何の樹ですか?」
自分を樹で喩えてください、と。
もしも自分が樹であったなら、どんな樹だろう。
どんな樹が理想だろうかと、考えてみるのもおもしろい。
しばしば人は、一本の樹に喩えられる。
大地に根を張り、芽を出し、成長してゆく姿が樹のようだから。
そういえば、
種から先に出るのは芽ではなく根っこだと、
リンゴ農家の木村秋則さんは言っていた。
花も紅葉も色のない根から色づいている、と藤樹は詠う。
春には桜、秋に紅葉と、色を変える一木一草。
そのとりどりの色は、色のない根っこがつくる。
うつろう季節ごとに、色づくころを承知して。
ときどき咲く頃合いを間違うおっちょこちょいの帰り花も見かけるが、
たいていの花は、春には春に、夏には夏に、秋、冬と、
一番美しく輝けるときを知っている。
それまでは、真っ暗な色のない世界に根を張り巡らせて、粛々と力を蓄えている。
草木も人も根っこが大事。
根っこが育つには土壌が大事。
どんな草木も、最初は色がなかった。
根が丈夫なら、時がくれば美しく色づく。
寒く色のない冬は、色づく準備をする時節。
喩えば自分が樹であったなら。
いつ、どんな色をつけるだろう。
いまは、どんな時だろう。
(200108 第607回)