手を抜いたらきりがないよ
「世界のクロサワ」と言わしめた映画界の巨匠、黒澤明の言葉である。黒澤の名言は映画本編の中にぎっしり詰まっているのだろうが、本編以外のところにもたっぷりある。この言葉は、画面には映らない茶碗の茶渋をつけるよう小道具担当者に指示したときの言葉だそうだ。黒澤の名言集『黒澤明 59の言葉』から抜粋した。
「映画の場合、たとえば〝そこは映らないからいいや〟って言ったらだめなんだよ。手を抜いたらきりがないよ。そうじゃなくて、どんなアングルから撮っても大丈夫というのを一生懸命に作っていくうちに、とっても面白くなってくるんですよね」
黒澤の仕事観である。
が、目につかないところに気を配るのは、映画に限ってのことではないだろう。
宮大工、建具職人、刀匠、彫刻家、陶芸家、料理人……。
その道のプロフェショナルは、見えないところにこそ心を配る。
本サイトの代表、高久多美男氏の著書にもあるように、
「葉っぱは見えるが、根っこは見えない」
見える部分は、見えない部分に支えられているということ。
どの角度からジャブが飛んできても、受け止められるのはプロだから。
それもこれも、ふだんの努力があるからだ。
努力は辛く、苦しく、しんどいけれど、
そう思いながらでは続くものも続かない。
黒沢はスタッフに言った。
「つまらないと思った仕事でも、一生懸命やってみろ。そうしたら面白くなる」
古典といわれるものは、本にしろ音楽にしろ難解だが、
集中して向き合ってみると、意外な面白さがあることに気づく。
その味をしめた者は、もうその世界からは抜け出せない。
手を抜くのは簡単だし、場合によってはそれも必要。
だけど、
もしも夢中になるものを欲しているなら、
一度、一点集中してみてはどうか。
見えないものが見えてきて、
「辛く、苦しく、しんどい」ことが、
「お? なになに?! なんだこれは!」となって、
手を抜くなんて考えられなくなってしまうんじゃないだろうか。
(200115 第609回)