宇宙と一つになってしまえば失われるものはまったくないんですね。
料理家の辰巳芳子さんの言葉を紹介。「いのちのスープ」で一躍脚光を浴び、95歳の今も現役で料理の研究と後進の育成に勤しむ辰巳さん。食の大切さを世に発信し続けるとともに、近年は食材から食を見直そうという「大豆100粒運動」に力を入れている。大豆を育てながら対応力や感応力を育む、食育の一貫だという。
すべてのものは本来、ひとつだった。
宇宙ができて、地球ができて、
天地がうまれ、さまざまな生き物がうまれた。
「さまざま」という「個」にはなったけれど、
それ以前は、
「すべて」という「一」だったのだ。
たとえば「食べる」という行為を考えた時、
生化学者のルドルフ・シェーンハイマーは
「他のいのちの分子をもらって代謝回転すること」と規定している。
つまり、生命の仕組みは自分の命と他の命との平衡であり、
食べることは他の命とつながることに他ならないと。
食べることは受け入れることであり、
受け入れるからこそ他とつながることができる。
つながるということは、
自分の命と他の命がひとつになるということ。
食べることと同じように、
他を受け入れることで、
自分の命も他の命も生かされるのだ。
「いろんな人を自然に受け容れるようにならざるを得ないんですね。もとはといえばすべて一つの命から流れてきているわけだから、嫌っていられない。ああ、そうなんだと合点が行くと、とっても生きやすいのよ。すごい解放感です」
考えてみれば、
この世に生まれ落ちた時点で受容がはじまっていた。
抵抗しながらもこの世界を受け入れ、さまざまな状況、環境に適応していったのである。
「一」は「個」を生み、「個」は「一」に還る。
ゆえに失うものなどなにもない。
悩みや恐れ、矛盾や怒りは分断からはじまる。
諦念の境地ですべてを受け入れてみよう。
ひとつになってしまえば、本来ある自他を生かす共生能力が発揮される。
今回は、「藤浪」を紹介。
小さな紫の花房が風にたなびいている姿が波を思わせたのでしょう。続きは……。
(200514 第639回)