目隠しをしなさい。否定的な声は無視しなさい
女性指揮者の第一人者でありアメリカオペラ指揮者のビクトリア・ボンド氏の言葉。音楽家の家系に生まれた彼女は、幼少の頃からピアノに親しみ、名門ジュリアード音楽院で指揮を学んだ。まだ有名楽団で活躍していた女性指揮者がいなかった1970年代初頭のことだ。「女性には無理」とされていたオーケストラの指揮。冷ややかな視線が溢れるなかで、彼女は真剣に、自信満々でタクトを降りつづけた。目標以外のことは見ないことにし、否定的な声には耳を塞いで。若い女性音楽家から相談を受けると、自身の体験を話しながらそう励ますという。
某新聞の人生相談の欄で、50代後半の主婦がある悩みを寄せいていた。
「学びたいことがあるのですが、周囲に反対され悩んでいます」と。
彼女はある国家資格を取得するため学校に通って勉強したいそうで、それには決して少なくない費用と時間が必要になるという。だから周りは口うるさく反対意見しか言わないのだと。
お金がかかることを、なぜやる必要があるのか。
今さらそんなことをしてなんになるのか。
繰り返される否定的な言葉に、彼女の裡に灯った小さな情熱の火種は、たよりなくゆれているのだろう。
そんな彼女に、回答者の意見は好意的だった。
「無条件で、あなたは学校に行くべきです。やりたいことをやった方が、人生は充実するに決まっています。
やる気があって目標も定まっているのだから、あとはやり切るだけ。〝年寄りの冷や水〟などと言う人がいたとしても、耳を傾ける必要はない。
今後の人生で今のあなたが一番若いのだから、断固やるべき。僕は全力で応援します」
何かをしようとするとき、必ず足を引っ張る人はいる。
否定的な言葉で、あるいは甘い言葉で相手の決意に水を差し、せっかく灯った情熱の火をかき消そうとする。
しかしそれは、なにかに試されているとも考えられる。
どれだけ本気なのかを。
この先にはさまざまな試練が待ち受けているだろうし、今は見えなくとも、壁は無数に立ちふさがっているはずだ。
その最初の壁こそ周囲の反対や批判ではないか。
本気で、真剣に、手にしたい目標があるなら、目の前の壁にひるんではいけない。
「ハリー・ポッター」にも「ロード・オブ・ザ・リング」にも、どんな物語にも必ず敵は現れる。
目指す場所への道程には、四方八方から妨害の触手は伸びるもの。
その敵はすべて自分が作り出した幻。
強い意志をもった自分とはちがう、逃げようとするもう一人の弱い自分が誰かや何かの姿になって現れただけ。
ビクトリアは幻に怯える人たちに言う。
「目隠しをしなさい。否定的な声は無視しなさい。右も左も見なくていいから、目標だけを見て努力しなさい」
ビクトリアの声は、目指す頂に立つ自分からの呼び声なのかもしれない。
今回は「身に入む」。秋の季語にある「身に入む」、「入」を「し」と読ませて「身にしむ」です。続きは……。
https://www.umashi-bito.or.jp/column/
(201017 第674回)