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紺碧の将

人生に関する知識だけは誰にも与えることはできない

井上靖

 小説家、井上靖の言葉である。劇作家の井上ひさしと血縁関係があるのかと思いきや、そんなものはない。縁もゆかりもないと言いたいところだが、実は井上ひさしの父親は、井上靖と競い合った文学仲間だったそうだ。だからどうというわけでもないが、共に文化人の2人には、人生に関する知識もそれぞれ特有のものがあったにちがいない。

 

 小説であれ演劇であれ、芸術というのは人生の悲喜こもごもが表現される。そういうものに惹きつけられるのは、ありそうでない創造の世界を疑似体験する楽しさがあるからだろう。

 

 物語を自分の身に引き寄せ、重なるところは共感し、そうでないところは憧れて真似てみたり。

 それぞれがそれぞれの感覚で他人の言動を自分の人生に引き込むのだ。

 

 それはやがて自然発酵し、一人ひとりちがう形で現れてくる。

 まるで気候風土によって変化する発酵食品のように、似ているようで、どこかちがう。

 たとえ親兄弟であったとしても。

 それが個性というものではないか。

 

 社会のデジタル化が進むにつれ、今後ますますビッグデータが重要視される世の中になる。そうなれば、人間の個性もビッグデータで何種類かに統一されるということも考えられる。実際、占いの多くはビッグデータでタイプ別に診断されているようだし、ともすると心理カウンセリングなども似たようなところがあるような気がする。

 

 しかしビッグデータはあくまでデータであって、必ずしも万人に当てはまるとは限らない。100項目のうち99は当てはまったとして、1%が違えばその先のゴールはコンマ何ミリであったとしてもデータ通りとはいかないのだ。

 そのコンマ何ミリや、ミクロの世界ほどのわずかな違いが、想像もしなかった結果を生む。

 

 世の中の多くは99の合致に目を向けるだろう。

 だが、そのたった1%の違いこそ、自分にしかない個性。

 本当はそこに目を向けるべきではないか。

 

 仕入れた知識は実践で生かしてこそ知恵になる。

 つまり、知識はデータであり、知恵は個性。

 

 井上靖は

「人生に関する知識だけは誰にも与えることはできない」と言った。

 

 あえて言うなら、与えても役にたつかどうかはわからない。

 知恵がつまった他人の人生の知識を役立てようと思うなら、まずは1%の差異に気づいたほうがいい。

 

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