勇気のあるところには好奇心があって、好奇心のあるところに勇気があるんじゃないかしら。
村上春樹の小説『ねじまき鳥クロニクル』の第1部「泥棒かささぎ編」から抜粋した。失業中の主人公、岡田亨がひょんなことから知り合いになった近所に住む16歳の女の子、笠原メイと話していたセリフの一部。16歳の少女に30歳の男が質問される。
「あなたは勇気はあるほう?」。たいしてないと答える男に「好奇心はある?」と少女は質問を変える。
「好奇心なら少しはある」と男。
「勇気と好奇心は似ているものじゃないの?」と少女は男に言葉を返し、続けて言うのだ。
「勇気のあるところには好奇心があって、好奇心のあるところに勇気があるんじゃないかしら」
たしかにそうだ。(と、男も言った。たしかに似ているところはあるかもしれない、と)
好奇心というのは未知なるものへの興味、関心なのだから。
見たい、聞きたい、知りたいという欲求であり、
これはなに? という疑問。
童謡詩人のまど・みちおの言葉を借りれば、世の中の「?」と「!」に対するワクワク感だろう。
しかし、「?」と「!」への好奇心は、新たな「?」と「!」の出現によって、あっけなく放り出されることがあるのも事実。
餌に向かっていた猫が動く虫や光に気をとられるように。
ただ人間と猫の違いは、そこに勇気という影のヒーローが介在するかしないか、ということだ。
場合によっては不在のときもあるが、必要とあらば影のヒーローは姿を見せる。条件はあるにせよ。
「……好奇心と勇気は一緒に行動しているように見える。ときによっては、好奇心は勇気を掘り起こして、かきたててもくれる。でも、好奇心というものはほとんどの場合すぐに消えてしまうんだ」
好奇心がいかにお調子者であるかを説明する男。
「勇気の方がずっと長い道のりを進まなくちゃならない。好奇心というのは信用できない調子のいい友達と同じだよ」
焚きつけるだけ焚きつけて、適当なところですっと消えてしまうこともあるのが好奇心だ、と男は言う。
そんな風に言われたら、好奇心なんて持たない方がいいじゃないか、と反論もしたくなるが、そうもできない。
やっぱり人間は楽しいことが好きだから好奇心はある。
といって、勇気もあると思いたい。
男もそう思っているから、こう続けたのだと思いたい。
「あとは君ひとりで自分の勇気をかき集めてなんとかやっていかなくちゃならない」
お調子者の好奇心も自分なら、影のヒーローである勇気も自分自身。
好奇心からはじめたことを続けたいと思うなら、あとは自分でなんとかするしかない。
消えてしまった好奇心に八つ当たりをしたり、なかなか姿を見せないヒーローを「できない」「やらない」ことの言い訳にしても、ただ惨めになるだけだ。
どんなに小さくても自分が持ちうる勇気をかたっぱしからかき集めてなんとかすれば、きっとなんとかなる。
そう信じることができるのも、勇気だと思う。
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今回は「空薫」を紹介。香道の世界ではよく知られている言葉でしょう。空が薫ると書いて「空薫(そらた(だ)き)」。香を焚いて室内に香りをゆきわたらせることです。続きは……。
(210125 第697回)