不安に立ち向かうことでしか不安を乗り越えることはできない
近代になって脳科学の研究は革新的な発展を遂げた。脳を知れば人間の言動原理は、ほぼわかるらしい。日本において脳科学という分野をポピュラーにしたのは、おそらくこの人ではないだろうか。脳のトリセツを真っ先に紹介したであろう茂木健一郎氏。この言葉もそのひとつ。著書『幸福になる「脳の使い方」』より抜粋。
ある女の子の詩を紹介しよう。
タイトルは「夜」。
ーー 夜は怖いけど
時々その中に入って行きたくなる
だれかに会いたいんじゃなくて
私からぬけ出したくなる
そういう日は
笑って終われない日
明日は笑いたいと思う日
新しい自分になりたいと思う日
「新しい自分になりたい」
誰でも一度はそう思ったことがあるのではないか。
今の自分や状況に納得できないとき、人は「変わりたい」と願う。
そして、変わるためにはどうすればいいかを考える。
この女の子の場合、
「今の私」から抜け出して、
「新しい私」になるために、
「怖い夜」に入っていった。
笑って終われなかった今日に別れを告げて、
笑っている明日の夢を見る。
彼女は今の自分を乗り越えようと、自ら恐怖に立ち向かおうとする。
漫画家の巨匠、手塚治虫も、晩年は新進気鋭の若手漫画家たちの才能に、いつか追い越されるのではないかと不安に苛まれていたそうだが、彼はその不安を糧に、新しい漫画をつぎつぎと生み出していった。
そのことを引き合いに、茂木氏は
「彼は、その不安に立ち向かうことでしか不安を乗り越えることはできない、と知っている人でした」
と解釈する。
「不安」は想像上の生き物。
そのまま放置すれば、どんどん大きくなって心身を食いつぶしてしまう。
逃げても、また違う場所で違う形で出会ってしまう。
それなら一挙にかたづけてしまった方がいい。
宿題は溜め込むより、先に済ませてしまった方がいいように。
あとには喜びや楽しみが待っている。
茂木氏はこうも言う。
「不安や恐怖があるからこそ、人は努力する」
「ただ、それに支配されてはいけない」
「不安は、あくまでスパイス程度で」
スイカに塩を振ると甘さが引き立つように、不安は人生の甘みを際立たせるスパイスなのだから、と。
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(210217 第702回)