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紺碧の将

予が風雅は夏炉冬扇のごとし。衆にさかひて用ふるところなし

松尾芭蕉

 弟子たちにもたびたび言っていたものと思われる。芭蕉の口癖だったらしい「夏炉冬扇の如し」。芭蕉が本当の芭蕉となったのは、晩年の10年ほどのことだという。『おくのほそ道』の旅に出て、名句が生まれたのもこのころだ。もろもろのことは、石寒太氏の著書『芭蕉の晩年力』に詳しい。
 
 夏炉冬扇の如し。
 夏の炉や冬の扇のように、役に立たないもの。
 
 そういうものを求める人は、おそらく少数派だろう。
 役に立たない、立ちそうもないものを好んで選ぶ人は、よほどの変わり者。
 世の中を見渡しても、役に立つものや便利なものほど評価が高い。
 
 ヒトもモノもコトも、役に立たないものは好まれないのだ。

 だから人は、ますます「役立つもの」「便利なもの」を生み出そうとする。
 
 芭蕉の生きた時代も、そうだったのだろうか。
 
「予が風雅(俳諧)は夏炉冬扇のごとし。衆にさかひて用ふるところなし」
 
 自分の俳諧は、夏炉冬扇のごとく世の中になんの役にも立たないもの。世間の人々に逆らった用のないものでしょう。
 そう言っているくらいだから、世間の評価というのは、今も昔もそうたいして変わらないのかもしれない。
 
 しかし、それならなぜ、芭蕉の句が今の今まで残っているのだろう。
 『俳聖』と呼ばれ、世界的にも有名になったのだろう。
 
 世間一般的に、芸術と呼ばれるものの多くが、夏炉冬扇の如しものと思われている。
 だが人は、ほんとうに苦しいときや追い詰められたとき、生きる希望を見失ったときほど、「夏炉冬扇の如しもの」を求める生き物ではないだろうか。
 
「打ちひしがれた時、偶然聞いた音楽によって、魂が蘇った思いをした経験は、誰にも一度はある」
 
 作家の辻邦生は著書『美神との饗宴の森で』の中で、こう告白している。
 
 音楽や絵画、文学などの芸術は、直接的に、すぐに役立つものではないかもしれない。
 それでも人の心を震わせ、癒し、慰め、命をつなぎとめようとするのはたしかではないか。
 
 いま役立つものが、必ずしも、その後もずっと役に立つとは限らないのだ。

 

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(210221 第703回)

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