腹をたつるは道にあらず
幕末三舟の一人、山岡鉄舟。名を鉄太郎。剣・禅・書の達人である。サムライ鉄舟が、わずか15歳で自身に課した人間修養のための「修身二十則」。その9項目にこの言葉はある。時代とはいえ、多感な少年期に生き方を戒める規則を作り、自ら人間を作り上げていった胆力には驚かされる。
「修身二十則」を明記しよう。
一、嘘を言うべからず
一、君の御恩忘れるべからず
一、父母の御恩忘れるべからず
一、師の御恩忘れるべからず
一、人の御恩忘れるべからず
一、神仏ならびに長者を粗末にすべからず
一、幼者を侮るべからず
一、己に心よからず事 他人に求めるべからず
一、腹をたつるは道にあらず
一、何事も不幸を喜ぶべからず
一、力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし
一、他を顧して自分の善ばかりするべからず
一、食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず
一、殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし
一、礼儀をみだるべからず
一、何時何人に接するも客人に接するよう心得べし
一、己の知らざることは何人にてもならうべし
一、名利のため学問技芸すべからず
一、人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず
一、己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし
以上、二十則を鉄舟は愚直に努めた。
自分との約束である。
ひとつひとつ眺めてみても、出来そうで出来ないことが多い。
なかでも「腹をたつるは道にあらず」は、感情に触れることだ。
感情のなかでも最も抑えるのがむずかしい「怒り」である。
体には怒りを鎮めるツボがあるという。
労宮。
手のひらの真ん中、手を握りしめたときに中指が当たるあたり。
そこをぎゅーっと刺激すると、怒りは静まるという。
怒りが湧いたときに拳を握りしめるのは、体の自然な反応だろう。
東洋医学の医書『皇帝内径』によると、臓器を強くすれば感情は落ち着くという。
感情は臓器と密接につながっているというのだ。
そしてまた、五臓六腑という言葉があるように、五臓は六腑とつながっている。
喜 = 心臓 = 小腸
思(懸想)= 脾臓 = 胃
恐・驚 = 腎臓 = 膀胱
怒 = 肝 = 胆
悲・憂 = 肺 = 大腸
という風に。
すべての臓腑はひとつの体のなかに収まっているのだから、一箇所が不調を起こせば、体全体が不調になる。
では、どうすれば心身を調えることができるのか。
観察するのである。
怒りすぎてはいなか、悲しみすぎてはいないか、思いすぎてはいないかと、「〇〇すぎ」かどうかを見つめるのだ。
深呼吸し、まずは呼吸を調えて。
呼吸が調えば心は調う、心が調えば体も調う。
鉄舟に倣って自らのルールを作り、呼吸を調え拳を握りしめて努めていけば、やがて肝胆相照らして怒りの感情ともうまく付き合っていけるにちがいない。
今回は「風光る」を紹介。 うららかな春の陽射しの中をそよ風が吹きぬけると、あたり一面がキラキラと光り輝いて見えます。それが「風光る」。続きは……。
(210407 第712回)