真のおいしさとは、舌先で味わうのではない、肉体が感じる心地よさ、ひとつ一つの細胞が喜ぶものなのだ
日本の家庭料理の第一人者であった料理研究家の土井勝氏の次男で、同じく料理研究家の土井善晴氏の言葉である。スイスとフランスでフランス料理を学び、のちに日本料理に転身した土井氏は、家庭料理こそ料理の基本と「一汁一菜」を提唱。「おいしいものは美しい」と、その本質を説く。著書『おいしいもののまわり』より抜粋した。
近年、食品ロスが社会問題になっている。
世界では年間13億トン、日本では約612万トン、国民一人当たりに換算すると1日茶碗1杯分の食料が、まだ十分食べられるにもかかわらず廃棄処分されているという。
一方で、途上国では9人に1人が栄養不足に苦しみ、比較的豊かだといわれる日本でも貧困などでろくな食事ができない子供たちもたくさんいる。
世界的な問題提起として、国連でもSDGs(持続可能な目標解決)を掲げ、各国や地域で積極的な取り組みも始まっているようで、もっとも重要なこととして、一人ひとりが身近なところから食品ロス削減を意識することが目標達成には必要不可欠と唱えている。
では実際的に、どうすればいいか?
買う食材を減らす、食材は使い切る、作る量を減らすなど、すぐにでもできそうなことはいろいろあるだろう。
さらに一歩進めて、「食べる」意味を考えてみてはどうか。
なんのために食べるのか?
突き詰めれば「生きるため」となる「食」ではあるが、おいしいもの、体にいいもの、と欲は尽きない。
この「尽きぬ欲」が食品ロスを生む。
だがこの食欲は、他の「欲」と同じように、満たされないから、もっともっとと欲しくなるだけで、ちゃんと満たされればおさまるものだ。
刺激的なものに慣れすぎて、シンプルで素朴なものが物足りないと感じるから満たされないのだろう。
作る方も、食べる方も。
シンプルなものほど作るのはむずかしい。
だから濃いめの味付けをする。
刺激的にする。
そのほうが簡単だから。
舌を誤魔化せるから。
しかし、それではいつまでたっても真の満足は得られない。
ほんとうの満足とは、体が喜ぶことだ。
自然の摂理に従えば、身体に良いものは、必ずおいしいものと、土井氏は言う。
「おいしいものは、はかないもの」で、「ロックコンサートのように刺激の強い音ではな」く、
「耳を澄ませなければ聞こえない、鳥のさえずりや川のせせらぎのような穏やかないもの」だと。
「食」だけではない。
ほんとうに身体にいいものはシンプルで、肉体が心地いいと感じ、ひとつ一つの細胞が喜ぶものなのだ。
今回は「彩雨」を紹介。 画家の造語でしょうか、川合玉堂の代表作に『彩雨(さいう)』という雨にけぶる紅葉の風景を描いた作品があります。続きは……。
(210705 第730回)