女性ならではの柔らかさ、しなやかさをガラスで表現したい。
ガラス作家植木寛子さん
2018.08.21
ヴェネチアを拠点に制作を続けるガラス作家の植木寛子さん。ルーマニアでガラスに目覚め、単身ヴェネチアに飛んだのは23歳のとき。エミール・ガレの工法を学び、技術を磨きながら他にはない独自の作風を生み出しました。ハイヒールなどの靴シリーズや女性の肉体美などの造形美に加え、あでやかな色彩は一目で植木さんの作品とわかります。国内外で開かれる展覧会でも、その個性的な作風は見る人を魅了してやみません。
ガラスで油絵の世界を表現
フランスで絵を学ぶ中、ルーマニアに行かれてガラスに魅了されたそうですね。
父が仕事でエミール・ガレの軌跡をたどるためにルーマニアを訪れていたのですが、そのときに、ガレと同じ工法でガラスを作っている工房があるから来なさいと言われ、ルーマニアに行きました。私の実家は古美術を扱う画廊なので、昔からガレには親しみがあり興味をひかれたのです。実際にガレの工法を目のあたりにしたら、あっという間にその魅力に取り憑かれてしまいました。
その後すぐにガラスアートに転向されたのですか。
はい。ただ、ずっと油絵をやっていましたから、その世界をガラスで表現したいと思いました。ガレの工法は理論的には学んだことはあったのですが、実際にやってみると腑に落ちることばかりで、それが面白くて作品作りに夢中になりました。ところが、そうやって仕上げた作品を日本に持ち帰ると、「ガレ風だね」と言われることが多くて。ショックでしたね。だからこそオリジナルの作品が作りたくて、自分の油絵の世界をガラスで表現したいと思ったのです。
単身ヴェネチアへ、師との出会い
植木さんの作品には、女性の足や肉体をモチーフにしたデザインが多いですよね。はじめて拝見したとき、あまりの斬新さに驚きました。
私のアイデアデザインを形にするのは大変なんです。ルーマニアの工房では、どのガラス職人にも「ぜったい無理だ」と言われました。しかし、ヴェネチアに私のデザインを形にしてくれる職人がいたんです。ムラーノ島で“スーパー・マエストロ”と崇められているピノ・シニョレットがその人です。「他の工房ではできないと断られたこのデッサンを、ガラスで形にできるのはあなたしかいませんよね」とアイデアデッサンを見せたら「それはそうだ。他の工房にはファンタジーがないからな」と言って請け負ってくれたのです。そのときのデザインがハイヒールを履いた女性の足です。アイデアのほとんどは日常からインスピレーションが湧いてきます。靴は私の大好きなアイテムのひとつで、部屋に並んだ靴を見て思いつきました。靴シリーズは私のヴェネチアでの創作の原点で、それ以降ずっと作りつづけています。
ガラス工芸は一人ですべてやるのではないのですね。
そうなんです。陶芸家のように造形から焼入れまで一人でこなすのではなく、ガラス工芸は作家と職人がちゃんと役割分担されていて、4人でひとつのチームを組んで作業を進めます。私自身、製作現場での作業もひと通り経験はしていますが、900度ほどもある火を扱う危険な作業ですから、女性が製作に加わることはほとんどありません。それでも、私はピノから多くのことを学びました。言葉を介してではなく、体の動きや目の合図などから仕事のルールやチームワークなど、作家としても人としても大切なことを教えてもらいました。
血脈に流れる日本人のアイデンティティを形に
個性的なガラスアートとは反面、近年は日本的な作品も手がけられているようですが。
海外に行くと、自分が日本人であることを意識することが多いんですよ。実際、海外へ行くときは日本人を代表する一人であるという意識を持っていますし、私自身、留学する前、最低限必要な日本文化の知識をたしなんでおこうと華道や茶道を習いました。自国の文化を語れないのは恥ずかしいですからね。日本的な作品を作りたくなったのも必然で、日本人としてのアイデンティティがそうさせたのかもしれません。
現在は主にどのような活動をされているのですか。
これまで私は、ガラスを素材とした彫刻作品を制作してきました。
ガラスの靴をはじめ、女神像やピストルといった代表作に加え、最新作ではタコやクラゲなど海をモチーフにした作品を制作しています。
昨年末、制作をともにし、最も信頼していたマエストロがお亡くなりになったのですが、亡くなる直前、孫であり跡取のマエストロとピノ監修のもと《クラゲ》シリーズを制作しはじめたのです。これはガラスの塊で作り上げる「ヒロコガラス」としての新しい試みで、これに特殊な光を当てるというガラスと光のインスタレーション活動をライティングアーティストとともに行っています。新しいアートの形として好評をいただいています。
(メインPhoto by Chiaki.K.K ・ 写真上から:初期の作品「カラーの靴 想像と理想の間」、ヴェネチアでの制作風景、下の2つの作品は最近制作されたもの)