一期一会を大切に、一人ひとりのお客さまに、ていねいなおもてなしをしたい。
〝Organic Cafe ゆきすきのくに〟スタッフ正垣克也さん・文さんご夫妻
2019.06.10
西荻窪にある「Organic Cafe ゆきすきのくに」は、民俗情報工学研究家であり料理家でもある井戸理恵子さんが店主をつとめる薬膳カレーが人気のお店。3年前、不思議な縁の巡り合わせによってスタッフとして働くことになった正垣克也さん・文さんご夫妻は、ほぼ料理初心者でした。井戸さんの作る料理を目で見て舌で味わい習得し、試行錯誤を繰り返しながら独学で技術を身につけ、今では彼らの人柄に惹かれて訪れるリピーターも増えています。いずれ二人のカフェを……と思い描きながら日々奮闘中の二人にお話をうかがいました。
絶妙のタイミングで出会った「Organic Cafe ゆきすきのくに」
このお店で働くようになったきっかけを教えて下さい。
克也 店主の井戸さんが一ヶ月間限定で薬膳カレーを提供するということで、お店に食べに行ったのがきっかけと言えばきっかけでしょうか。ちょうど僕たち二人は仕事を辞めてアメリカに旅に出ようとしていたときでした。
文 井戸さんのことを知ったのは、私たちが習っているお茶の先生が井戸さんとお知り合いだったからです。井戸さんが当時、定期的に行っていた「般若心経の読経、解釈」や「大人の坐禅」に夫婦で参加したり、節供のイベントの「アエノコト」にも参加していて、その流れで限定の薬膳カレーを食べに行こうとなったんです。
一緒に働かないかと井戸さんからお誘いがあったのですか。
克也 そのときは「アメリカに行ってきます」という報告だけでした。その年の3月に僕が、4月に妻が退職し、5月から38日間の旅に出る予定でした。2016年5月のことです。
文 帰国したあと、フェイスブックか何かで井戸さんがお店を継続されることを知って、7月末にお店に再度うかがいました。
克也 そのときも、井戸さんには「これからのことは特に決まっていない」ということだけをお話ししたと思います。「カフェを手伝わないか」とお誘いがあったのは、10月に般若心経の会に参加したときでした。手伝ってくれる人を探していたときに、ちょうど僕たちが居合わせたんだと思います。
それはラッキーですね。そんな展開はなかなかないでしょう。
文 そうですよね。ただ、11月にはまた旅に出る予定でしたので、そのようにお伝えすると、一緒にお店をやっている人が11月末に辞めるということで、12月から手伝うことが決まりました。
二人ともカフェで働くことに抵抗はなかったのですか。
克也 はい。その頃、二人でお茶を出すカフェのような空間を持てたらいいなと思っていましたから願ってもいないことでした。そもそも仕事を辞めたのも、夫婦で何かしたいと思っていたからなんです。
限りある時間の使い方
以前はどんな仕事をされていたのですか。
文 私は予備校の校舎運営をしていました。子供が好きなことと、人が成長して行く姿を見るのが好きなんです。昔から、伸びるとか、可能性ということに興味があって。「やればできる」と自信をつけていく生徒たちを見守るのは楽しかったですね。13年間勤めました。
克也 僕は外国人向けの不動産会社に勤めていました。大学生の頃はファッションに興味があったので、不動産会社に勤める前は新卒でアパレルで3年半販売員をしていました。外国人のお客さまの対応もあり、独学で身につけた英語で会話をするうちに、もっと英語が活かせる仕事をしたいと思うようになって。それで、ペーパードライバーにもかかわらず、車の運転が必須の外国人向けの不動産会社に転職を決めてしまったんです。今思えば、よく採用してくれたな、と思いますね(笑)。働くうちに英語も運転も上達できたから良かったですけど……。ありがたいことですよね。
それぞれやりがいのある仕事だったと思います。それが、なぜ、夫婦で仕事をしたいと思うようになったのですか。
文 理由のひとつは、私の職場の同僚が亡くなったことでしょうか。同年代だったのでショックでした。夫の周りでも同じようなことがあったみたいで・・・・・・。そのことがあって、自分たちのこれからの人生を考えたとき、大切な時間をどうやって使うのか、ということにじっくり向き合ったんです。一人ひとりがもっている時間は命そのものですから。
克也 ちょうどその頃、禅とスティーブ・ジョブズについて興味を持ち始めたところでした。彼がスタンフォード大学の卒業式で話したスピーチは有名ですが、あの中の「もし今日が最後の日だとしても、今やろうとしていることをするだろうか」という言葉が胸に響いて、一度、歩みを止めて考えてみようと二人で話し合いました。
文 もし明日、人生が終わるとしたら、今やっていることをやるのか。誰と、どう過ごしたいのか。私は「克也さんとできるだけ一緒に過ごせるようにしたい。二人の時間をもっと大切にしたい」と思ったんです。
克也 といっても、仕事に不満があったわけじゃないんですよ。ただ、このままいくと、ずっと会社勤めをして何事もなく過ぎていくんだろうな、と。たまの休日に二人で美術館に行ったり外食したり、それはそれで楽しいですけどね。でも、本当にそれでいいんだろうか、と考えたら、「違うんじゃないか」という意見に落ち着いて、退職を決意しました。
文 2013年から自由大学でそれぞれ興味のある分野の講義を受け始めたのも大きいですね。私は「アメーバワークスタイル」という働き方を考える講義と「じぶんスタイル世界旅行」という自分流の旅のプランを立てる講義。克也さんは、「20年履ける靴に育てる」靴磨きの講義と日本茶の講義「日本茶、コトはじめ」、「お店を始めるラボ」の講義を受講しました。そこで、お互い世界が広がったんですよね。
ですから、退職を決意したときも、本当に自分たちの好きなこと、これまでしたくてもできなかったことをしようと考えて、会社勤めではできない海外への長期旅行も計画したんです。アメリカを選んだのは、ニューヨークやセドナに元々行ってみたかったのと、自由大学でポートランドが話題になっていたからです。
そうやって、やりたかったことをかたっぱしからやってみたら、数ヶ月もすると、もういいかな、って(笑)。お互い、きちんと何かに向き合いたいと思うようになっていて、そんなときにカフェを手伝うお話をいただけたのはありがたかったです。
好きを突き詰めてたどりついた日本の心
思い切ってやりたいことをやっていったら、次の道につながったのですね。お二人は大学で知り合ったのですよね。
文 はい。就職活動の勉強会で知り合いました。お互いに本や美術が好きで、趣味は美術館巡りという共通点もあって、自然につき合うようになっていました。
私は盛岡出身なんですけど、自宅近くに博物館があったんですよ。今は県立美術館に芸術作品は移設されましたが、当時は博物館に絵画や彫刻も展示されていて、子供の頃はよく通っていました。絵画はもちろん、化石や遺跡のジオラマなど、アートに限らずいろんな展示物があって面白かったですね。美術館や博物館の、あの深閑な雰囲気が好きなんです。
克也 僕の場合は、ファッションへの憧れとアートや美術への憧れは似たものがあるように感じます。美術でいえば、小学校の頃に見たピカソの「泣く女」は衝撃でした。それ以降、ピカソはわりと好きな画家の一人です。建築も好きですし、美しいものに惹かれます。
お二人はお茶を習われているということですが、茶の湯こそ日本美の象徴だと思います。しかも、「おもてなし」ということでは、お仕事のカフェの接客にも通じるものがありますね。
克也 そうですね。お茶に興味を持ったのも、好きなものを突きつめていった結果です。これまで僕たちが好きだったのは、建築にしてもル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトなど西洋一辺倒で。でも、好きの根っこを突きつめていくと、惹かれるのはシンプルで美しいものだったんですね。西洋建築より実は日本の数寄屋建築が好きだなと、あるとき気がつきました。iPhone4Sも好きでしたが、スティーブ・ジョブズのデザインの根底には日本の禅の影響があり、そこにシンプルでそぎ落とされた日本の美に通じるものを見ていたのだと分かりました。
美味しいものを食べ歩くのも好きで、フレンチはよく食べたんですけど、ちゃんとした和食は食べたことがないことに気づいて。そんなとき、名建築で食事ができる料亭、名古屋の「八勝館」というのを見つけたんです。堀口捨己の数寄屋造りの建物で、魯山人の器に料理が供される、という。せっかく行くから、事前に魯山人のことをいろいろ調べて。本を読んだり、美術館に作品を見に行ったり、魯山人の敬愛する尾形乾山の展示を見に行ったり、そのうち器だけでなく水墨画、茶道具なんかにも興味が出てきて……、ワクワクしましたね。気づいたら日本文化に傾倒していました。八勝館は実際に行ってみるとやはり素晴らしくて、建築も食事も器にも感動しました。
文 今では二人とも日本文化にどっぷりつかっています。克也さんなんて、日本茶インストラクターの資格まで取得したんですよ。自然派茶道「星窓」という茶道教室に通っているのですが、素晴らしい先生に恵まれて茶道を通していろんな分野の仲間が増えたことも嬉しいです。
お茶は毎回、毎回、新しい発見があって面白いですよ。同じお点前をしていても、その日の心持ち、体調、天候によっても点てられるお茶は違う。そのときのお茶は、そのときのお茶。まさに「一期一会」なんですよね。
カフェで料理をしているときも、お点前をしているときのように無心になれるのが心地よくて。お茶を始めてから、一つひとつていねいに向き合うことの大切さを学びました。そういうことを仕事に活かしたいと思っています。
克也 仕事を辞めたときもお茶を習っていましたから、二人で仕事をするにはカフェもいいんじゃないかと、漠然と考えていたんです。それがまさか現実になるとは思ってもみませんでしたけど。
二人だけではじめていたら、もっと状況は違っていたでしょうし、こんないい環境で仕事をさせてもらえてありがたいです。
相手を喜ばせる前に、自らを整え、楽しむ
お二人はお客さまへの接客が本当にていねいですよね。見ていて感心します。一人ひとりに、きちんと向き合って話を聞かれる。オーガニックカフェだけに、いろいろ難しい注文もある中で、できる限り要望に応えようと試行錯誤しながらていねいに料理を作っていらっしゃいます。
克也 店主である井戸さんがそういう姿勢なんですよ。いろんな事情があって何でも食べられないお客さまもいますから、そういう方にもなるべく美味しく食べていただこうと、即興でご要望に合わせた料理を作ることもあります。いろいろ学ぶことが多いですね。
料理初心者とは思えないくらい手際がよくて、料理も美味しいです。働きながら覚えていったのですよね。
文 井戸さんは材料を量らずに何でも作られるんです。材料の切り方や相性など、教えていただいたことを覚えて、作り方をしっかり見る。あとは自分の舌で覚えていくしかない。何度も味見して……日々試行錯誤ですよ(笑)。
その日その日にできることを精一杯やっています。お客さまにも助けられていますね。お店がいい人を呼んでくれているような気がします。
これまでの仕事や趣味なども活かされていると感じることはありますか。
克也 そうですね。場所柄、個性的なお客さまが多いので、話題には事欠きませんね(笑)。文化的なことに興味のある方とは、話が尽きません。これまで興味をもってやってきたことは十分活かされていると思います。
それに、お酒や食事、お茶を出す茶事と、食事や飲み物を出すカフェ、やっていることはあまり変わらないように感じます。そのすべてに「おもてなし」がある。茶の稽古を日常で実践している感じでしょうか。
文 お茶室でやっていることも、カフェでやっていることも、実は同じ。ですから、毎日が稽古であり、実践だと思ってやっています。
「おもてなし」と言っても、お客さまを楽しませる前に、自分が整っていないとだめですから、まずは自分を整え、楽しみ、お客さまに喜んでもらえるようなおもてなしをしたいですね。
今後の夢や目標はありますか。
文 ゆくゆくは、二人でカフェのような空間を持ちたいです。たとえば、小金井にある「はけの森美術館」みたいな緑が近くにあるお店。一歩入ると都会の喧騒から離れ、お客さまがゆったりとくつろげるような、そんなお店が持てたらいいな、と思います。そのためにも、一瞬一瞬に心を込めて、心と心のつながりを大切にお客さまと向き合っていこうと思います。
克也 今は、少しずつできることが増えてきて、キャパが広がっている感じです。以前ではできなかったことができるようになっているのが嬉しい。お茶も一生かけても極められないものだと思うので、ずっと続けていけるのは楽しいです。そうやって自然体で実力をつけていき、お客さまが喜んでくれるようなおもてなしができたらいいですね。その先に、思い描いているような未来があれば最高です。
Information
【Organic Cafe ゆきすきのくに】
〒167-0042 東京都杉並区西荻北3-16-3 西荻神楽ビル1F
TEL : 03-6913-9370
営業 : 火曜日〜日曜日 11:30〜19:30(L.O. 19:00)
定休:月曜日
URL : yukisukinokuni.jp