人生を楽しみながら、人に喜んでもらえるものを作り続けます。
陶芸家 「陶塑彩」主宰大矢康行さん
2020.03.10
長年、ホンダアクセス研究開発部門のデザイナーだった大矢康行さんは定年後、陶芸家として活動を開始。「好奇心の赴くまま」という言葉どおり、興味の対象に向かって突き進んでいるうちに陶芸の世界へ足を踏み入れることになったそうです。亡き愛犬の置物を作陶したのを機に動物の置物作りにのめり込み、やがて亡くなったペットの思い出の品のオーダーが舞い込むように。定年後も飽きることなく毎日が楽しいという大矢さんに、第二の人生を楽しむ秘訣をうかがいました。
ステップアップのための転職
定年退職の後に陶芸家として活動されていると聞いて驚きました。陶芸を始めてどれくらいになるのですか。
始めたのが2005年ですから、15年ですね。退職する8年前、52歳のときに始めました。
前職はホンダアクセスのデザイナーだそうですが。
はい。31年間勤めました。ホンダに入社する前は、東芝電気のデザイナーでした。父が東芝に勤めていて、若い頃は東芝フリークだったんです(笑)。
デザインは大学で学ばれたのですか。
武蔵野美術大学で工業デザインを学びました。昔からものづくりが好きで、図画工作が僕の得意分野でした。といっても、本格的に美術を学んだのは高校2年の途中からで、芸大に進むつもりで大阪の中の島美術学院に通っていました。
もともとデザイナー志望だったのですか。
ええ。今もある『美術手帖』という雑誌で、当時、デザイナー特集をやっていて、ガラスのシュガーポットのハイライトレンダリング(完成予想図)というのに興味を持ったのがきっかけです。こういう絵を描ける人になりたいなあ、と思ったんですよ。
予備校の先生に、自分はデザイナーに向いているかと尋ねたら、先生は「可能性は自分で開かなきゃ」とおっしゃいました。そのことは後々まで活かされましたね。「とにかくやる」という姿勢は、その先生から教えてもらいました。
大学を卒業後、東芝にデザイナーとして就職され、主にどういうものをデザインされていたのですか。
初期のビデオカメラや携帯電話、電気釜などの厨房機器などです。ただ、ずっとそこにいるつもりはなく、5年くらいしたら辞めようと思っていました。というのも、大学の同級生たちはインテリア系のデザインをやっていて、彼らは一ヶ所にとどまらず勤務先を変えながらステップアップして実力をつけていたんです。彼らと会って話をするたびに、活力をもらうというか、影響を受けました。
期限を決めて働いていたと。辞めたあとの目処はつけていたのですか。
特に決めていたわけではありません。最初の5年が経とうとしていたころに、たまたま新聞でホンダのカーデザイナー募集という広告を見つけたんです。昔から車は好きでしたし、偶然にもそれと前後して会社の近くで行われていた晴海のモーターショーで気になっていたホンダの新車が発表されていて、これはそこに行けということかな、と(笑)。
カーデザイナーとしての経験がなくても大丈夫だったのですね。
実務での経験はありませんが、大学時代に少し車の絵を描いていたことはありました。それが生きたんだと思います。運良くホンダに採用されたのが29歳、それから定年まで勤めました。
導かれるように陶芸の道へ
陶芸を始めたのは定年の8年前とおっしゃっていましたが、きっかけはなんだったのですか。
当時飼っていた犬が亡くなったことです。ハスキー犬で、16歳でした。それが2004年。愛犬の思い出に何か作りたいと思い、焼き物でできないかと考えていたら、タイミングよく自宅近くに陶芸教室がオープンしたんですよ。これは何かの導きかと思って通い始めました。
それともうひとつ、愛犬が亡くなった頃、仕事の方にも変化がありました。部署移動です。デザイン部門から監査部門へ異動になり、それまでとはまったく違う、畑違いの仕事をすることになりました。結構、落ち込みましたね。
父親も定年まで監査人だったっていうのも、なにか因縁があるのかな、と複雑でしたが、気分転換に始めた陶芸に救われました。
求人広告や陶芸教室のオープンなど、いろんなことがタイミングよく目の前に現れるのも不思議ですね。陶芸の経験はあったのですか。
美大時代に少し。ですから、ろくろを回すのも抵抗なくすんなりできました。最初はオーソドックスに食器類から始めて、しばらくはひたすら食器製作です。そのうち作るものもなくなって、リアルな造形を作りたいと思うようになり、初めて作ったのが愛犬の置物でした。
この教室は特に決まったルールもなく、それぞれが作りたいものを作っていいという自由な環境なんです。今も週に1、2回は行ってます。師匠や仲間と一緒に、作陶のあとに一杯やるのが楽しみで。ある程度作陶したら、早々に酒盛りが始まるんですよ(笑)。それが楽しい。
いいですね。愛犬の置物を最初に作られて、その後も動物をモチーフに作陶を続けられたと。オーダーを受けるようになったのはいつごろですか。
初めてオーダーが入ったのは、始めてから2年目くらいの教室主催の展示会の時です。サンプルとして犬の置物を置いたらオーダーが入りました。そのときのオーダーは猫。で、犬好きで犬しか作ったことが無かったけれど、出来ないと言うのが悔しくて頑張りました。それからしばらくして友人の一人からまた猫のオーダー。しかも、ピアノを弾いているところです。犬は作れるけれど猫はその後作ったことはないし、しかもピアノを弾いている猫でしょ。苦戦しました(笑)。でも、やってみると楽しくなってきて、自分で言うのもなんですが、なかなかの出来栄えだったと思います。その勢いで個展までやっちゃいました。
愛犬の置物を作ってから、練習がてらいろいろ作っては人にあげて、あげた人が喜んでくれると嬉しいからまた作る。その繰り返しで上手くなる。人を喜ばせたくて作っているんです。
オーダーが入ったものは教室の窯を借りて作るのですか。
いいえ、自宅で使える小さな窯です。それも不思議で、友人に陶芸のことを話したら、彼の母親が亡くなられたばかりで、その母親が生前愛用されていた小型の窯を良かったら使ってくれないかと、無料で譲ってくれました。そういう偶然の出来事をあらためて振り返ると、続けていたから巡ってきた幸運なのかな、と思いますね。
大矢さんの作品はどこで見られますか。
インターネットだと、「TOWSOSAI」でインスタグラムも配信していますし、「Creema」というものづくりサイトで「陶塑彩」という名で販売とオーダーも受け付けています。
ときどき個展もしますよ。銀座にある小さなギャラリーは何度かお世話になっていて、オーダーをいただくのは主にそういうときですね。マルシェなどに出店することもあります。
動物の造形で一番むずかしいところはどこですか。
目です。 人形は目が命(笑)。目が生きているかどうかで成功と失敗が決まります。目を入れるまではただの物体ですが、目を入れたとたん命が宿ると言うか、まるで生きているような表情になります。妻がずっとビーズをやっていて、妻の助言で最後にUVレジンをほんの少し目の上に垂らすようにしたら、思わぬ効果が現れました。お客様で、箱を開けて涙を流されたという方もいるくらいです。箱を開けた瞬間、目と目があったと言って。そういう風になるよう、箱に収めるときの工夫もしています。
60歳は愉しい人生のはじまりのとき
一日どれくらいの時間、作陶しているのですか。
だいたい2、3時間ですね。実を言うと、陶芸は全体の40、50パーセントくらい。あとはボサノバの弾き語りをしたり、「東京ワイナリー」というところでオリジナルのワイン造りを体験しています。東京ワイナリーは、都心にあって葡萄畑から醸造まで一人の女性がきりもりしている東京初のワイナリーです。ワイン造りに興味のある人を募り、葡萄の採り入れや製造などを一緒に行うんです。ワイン造り体験を通して、オリジナルワインを造りたいという人が集まったワイン好きのコミュニティですね。いろんな人との交流があって楽しいですよ。
陶芸一筋というわけではないんですね。いろんなことにチャレンジされていて、楽しそうです。
もともと好奇心が旺盛なんですよ。会社勤めのときもダイビングや車にハマっていました。
定年するときに妻に言われたんです。「自分で遊びなさい」と。それで二人で話し合って、定年後は家事も分担しています。掃除洗濯は妻、3度の食事は僕の担当。お互い無理なくできること、好きなことをやろうと決めました。
そのような家庭内の取り決めは、今後さらに重要になっていくと思います。お互いが無理のない範囲で好きなことをして、元気に暮らす。理想的ですね。
60歳を過ぎたら、男も一人で生きていく覚悟で料理もしたほうがいいですよ。新しいことにもどんどんチャレンジしたほうがいい。人生100年時代なんですから、60歳から始めてもぜんぜん遅くはない。10年、20年続ければ、立派な名人です。それでもせいぜい80歳でしょ? まだまだですよ。好きなことなら続けられますし、新しい出会いや新しい体験は、ワクワクしますから元気になります。
今後はどのようなことにチャレンジしようと考えていますか。
新しいことではないですが、今は車の作陶に凝っています。F1レーシングカーです。これが結構大変なんですよ。プラモデルの要領でひとつひとつ細かな部品を作って組み合わせていくんですけど、焼くときに全体が縮まるので苦心しますが、そこを工夫するのが楽しいですけどね。いずれF1グランプリのある鈴鹿サーキットで展示したいな、と思っていたら、なんと最近知り合った人がサーキットの関係者の人でびっくりしました。といって具体的に何かあったわけじゃないですけど。今後の展開は未定ですが、なにかにつながればいいなと思います。
とにかく僕は、自分も楽しみながら人も喜ばせたい。本田宗一郎は「喜びの創造」と言っていました。彼は奥さんを喜ばせるためにカブを作った。それが喜びの原点だと思います。同じように、僕も人に喜んでもらえるようなモノづくりを続けていきたいと思います。
※写真上から「見つめ合う3」「愛犬第1作」「ネクタイ」「車272」「愛犬と」
(取材・文/神谷真理子)
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