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私たちについて
紺碧の将
Interview Blog Vol.103

人生を楽しく歩む秘訣は強い願いと好奇心、そして諦めない心と行動力です。

学校法人三友学園事業部 シェフズ株式会社 代表菅野有美さん

2020.07.27

 

食に精通した専門学校を運営する学校法人三友学園事業部の広報担当でありシェフズ株式会社の代表でもある菅野さんは、飲食店のプロデュースおよび運営・料理教室の主催・栃木フードマイスター検定を開催するなど、食の分野で幅広く活躍をしています。食の道に入るまではさまざまな業種の職を転々としていた言う菅野さん。ある人物との出会いが彼女を食の道に導き、その後の人生を大きく変えるきっかけとなりました。「I Wish(なりたい)と思えば必ずなれる」願えば叶うものと信じ、人生を楽しく歩む菅野さんのこれまでのお話を聞きました。

食のプロフェッショナルとして

食の専門家として幅広くご活躍をされていますが、現在はどのようなことを手掛けていますか。

 まずは「Dining蔵 おしゃらく」という飲食店のプロデュース・運営です。今年の5月で10年目になりました。今は社会情勢的にwithコロナを前提とした経営を飲食店は求められていますから、このお店も変化をしなければいけません。それに向けて動いているところです。

 そして料理教室の主催ですね。こちらも10年ほど続いています。宇都宮で人気店のシェフを講師に迎えるという切り口で、一般の方に向けた料理教室です。あとは学校法人三友学園で広報を担当しています。数年前からeラーニングが必要になる時代が必ずくると思い準備を進めていましたが、コロナ禍という予想外の事態に遭遇し、急いで構築を進めているところです。最後に学校の10年後、20年後の未来を考えること。それが今の仕事ですね。

まさに今、コロナ禍という大変な状況であり、大きく変化を求められる時代になってしまいました。

 飲食店はもうコロナ禍以前に戻ることは難しいと思います。withコロナが飲食店経営のキーワードになるでしょう。でも時代背景に合わせて変化することにコロナの有無は関係ありません。現状維持に陥らず、変えるべきところは恐れずに変える。今変わらなかったら10年後の未来はないと思い、常に先を考えながら今までやってきましたから。

実際にIFC栄養専門学校・IFC製菓専門学校・IFC調理師専門学校を運営する三友学園は、2019年度に調理師専門学校に発酵醸造科を新設。そして2021年度には専門学校から大学校へと進化をし、コロナの有無に関わらずここ数年で大きな変化をしていますね。

 発酵醸造科は、これから食の道を目指す人にとって大きな武器になると考えています。発酵食品が注目され、ブームと言われるのは第一に健康食であるからです。もちろん他にも理由はありますが、「健康」というキーワードが大元にある。多くの人が健康でいたいと願い、そのために体にいいものを食べたいと思うのは必然ですから、この分野はこれからもっと注目されていくと思います。

 そもそも発酵食品は味噌や醤油、漬物など日本では昔からあるものなんです。若い人たちを中心にこの文化に興味を持ってもらい、絶やさず未来へ伝えていくことも重要な使命です。

チーズなどの発酵乳製品から、生ハムなど食肉加工まで、実際の現場で直接プロから学べる発酵醸造科。栃木県は生乳の生産量が北海道についで2位なんですよね。発酵醸造を学ぶにはまさにうってつけです。

 栃木県が酪農国だと認識されるようになるぐらい、一人でも多く発酵食品の職人を育てたいですね。もちろんチーズだけではありません。生ハムやサラミだって発酵食品です。栃木の畜産物を使う発酵食品の職人を増やしていけば、栃木の酪農はもっと豊かになります。

 それに発酵醸造はその道のプロを目指す人だけではなく、将来自分の飲食店を持ちたいと考える人にも役立つ分野なんです。自家製の発酵食品を作ることができれば、料理のコストも抑えられる、オリジナルの商品として販売もできる、これは飲食店をやる上で大きな武器になるでしょう。

経験を力に変える

高校を卒業後、東京の文化服装学院へ進まれています。この頃は服飾関係の仕事を目指していたのですか。

 デザイナーになりたい気持ちもありましたが、それよりもとにかく家から出たかったんです。親が厳しかったので、そこから逃れたかったんですね。

卒業後は服飾関係の仕事ではなく一部上場の建築機械会社に入社していますね。この会社に就職をしたのはどのような理由がありましたか。

 それは父が勝手に就職先を決めてしまって……(笑)。父は私の目の前にレールを敷く人間でしたから。就職先は自分で探して内定もいただいていたのに、父がその会社に電話して断ってしまったんです。そういう理由で仕方なく入社した建築機械会社でしたが、会社の人たちは皆あたたかい人ばかりで、とても可愛がっていただきました。経理の仕事も経験できて、社会人としていろいろなことを勉強できた2年間でしたね。仕事内容や待遇になんの不満もありませんでしたが、人に敷かれたレールの上を歩くのは2年が限界でした。悪いけれどそれからはレールから外れて、好きにやらせてもらいました。

その後、不動産会社の営業、輸入品のセレクトショップのバイヤー及び販売、特殊医療のプロジェクト、旅行代理店の営業という経歴。それぞれまったく別の業種の職に就いています。

 好奇心が旺盛でなんでも知りたいやってみたい、でも深堀りはせず広く浅くという性格なんです。それぞれの仕事に興味があったからやってみた。でもある程度わかるようになると次の世界に行きたくなる。知らない業界に飛び込んで、どんどん世界を広げていくことが好きなんです。

それほどたくさんの業種を経験したことで得たものはありましたか。

 一番は人脈です。それぞれまったく違う世界のネットワークを得ることができました。これはお金には変えられない財産です。それが今、大きな力になっています。ビジネスを展開するとき、誰かに依頼をする必要があるときにはすぐにその誰かの顔がパッと出てきます。あの人がいる、あの人に頼もうって。人との縁には恵まれた人生だと感じます。

人生を変える出会い

旅行代理店での勤務中に大きな出会いがありましたね。当ブログのvol.64で掲載をさせていただいております、高久和男さんとの出会いです。

 髙久理事長との出会いがなければ、今頃私はどんな人生を歩んでいただろうと思うことがあります。それほど大きな出会いでしたね。

 特殊医療プロジェクトの仕事をしていたときに初めてお会いして、その後はしばらく疎遠になっていました。その後、旅行代理店での勤務中、高久理事長からの電話を偶然にも私がとったんです。高久理事長は私がその会社にいることなど知る由もなくこの旅行代理店に電話をしたわけですから、ここまで偶然が重なるとこれはもう必然としか思えませんでした。

ここで再会する運命だったとしか思えません(笑)。確かにこれはもう必然ですね。それで高久理事長に誘われて三友学園に入社したわけですか。

 ちょうど次の職場を探そうとしていたところだったので、タイミングも良すぎました(笑)。それで三友学園の広報として入社させていただきました。でも正直に言うと、学校という職場には馴染めないと思っていました。歴史がある学校ほど閉鎖的な傾向がありますから。

実際に勤めてみてどうでしたか。

 予感は的中して、1ヶ月くらいで続けるのは無理かもしれないと高久理事長に相談しました。「あなたは池に投げられた小石なんだから、波紋を広げるように、学校をもっと社会に対して開いて欲しい」と言われ、なるほどそれが私の役目なんだと思いました。それからは辞めようと思ったことは一度もありません。とはいえ2年目にはストレスと過労に加え、帯状疱疹にもなり、かなり辛かったです。それでも続けられたのは「絶対にこの学校を変えてみせる」という強い願い、気持ちがあったからです。

かなりの苦労を伺えますが、それでも逃げず向き合うことは並大抵のことではありません。

 辞めることは簡単なんです。でも続かないと意味がないと思ったんです。ビジネスだからこそ形にしてそれを続けていかないといけない。この苦労を意味のないものにしたくありませんでしたし、なにより高久理事長の信頼と期待に応えたいと思いました。

願いを持ち、叶うまで行動する

今では食の道に入って22年になるんですね。この道にスッポリとおさまったのはよほど菅野さんに合っていたんですね。

 食というものに恵まれている人生で、そういうバックボーンがあったんだと思います。昔から食に精通した人たちが身近にいて、おいしいお店にもたくさん連れて行ってもらましたし、なんでも手作りで料理を作ってくれた母の存在も大きかった。だからこそ食の大切さを学校や事業を通して広げていきたいと思うようになったんです。それに食という世界の中でやりたいことがたくさんあり、興味が尽きないというのも一つの要因でしょうね。

この仕事が面白いと感じてきたのはどのくらいの時期からですか。

 明確にいつからというのはありません。気がついたら自然にそうなっていました。

 「I Wish(アイウィッシュ)私は願う」それは神様が唯一人間にくれた希望であり特権だと学生によく言います。こうなりたいと思えば絶対にそうなる。そうやって一生懸命働いてステップアップするとステージの高さが上がり、同じ高さの人たちと知り合いになれる。またそこから世界が広がってどんどん仕事が面白くなっていきました。

仕事をする上で大切にしていることはなんでしょうか。

 恐れずに変化をしていくことが大切です。例えば今の飲食業界はコロナ禍以前には戻らないことを念頭に置き、新しいスタイルの提供を考えることが必須です。ただし、どんな変化をするにしても、絶対にコンセプトだけは変えません。軸は残す、そしてブレない。ここがブレると、どんなビジネスも根本から崩れてしまいます。枝葉は変化していってもコンセプトがしっかりと根づいていることがビジネスには重要です。

 そして他人任せではなく自分から行動し、こうすると決めたらそれに向かって諦めずに突き進むことですね。

これからの目標はありますか。

 生き方としての目標になりますが、後悔しない人生を送ることです。明日死んでしまう可能性だってゼロではありませんから。なるべく先延ばしにしないことを心がけています。例えば今日食べたいと思ったら絶対に今日食べるとか。家の書斎にあった山本有三の小説「路傍の石」に出てくる「たったひとりしかいない自分を、たった一度しかない人生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか」という一節が心に刻まれていて。だから人生の終わりをむかえたとき、達成できなかったことがたくさんあるかもしれないけど、でもそれに向かって進んでいった自分を褒めてあげて「いい人生だったね」で一生を終えるのが夢でもあり目標でもあります。

(取材・文/村松隆太)

Information

【学校法人三友学園】

〒321-0901 栃木県宇都宮市平出町3580-3

TEL:028-662-7166

HP:http://www.sanyu.ac.jp/index.html

 

【Dining蔵 おしゃらく】

〒320-0808 栃木県宇都宮市宮園町8-9

TEL:028-638-0409

HP:http://www.sanyu.ac.jp/osharaku/index.html

 

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