容易に見える物事にこそ学び取るべき知恵がある
目にしたことがある人も多いだろう、横顔のシルエットの中に名言がポツリ。粘着素材や特殊紙・フィルムなどを製造販売するリンテック株式会社の広告である。シンプルなだけに、小さい広告でもすぐ目に止まる。さらに、その一言に心も留まる。
「シンプルであることは複雑であることよりもむずかしいことがある」
というスティーブ・ジョブズの言葉は、
「天才とは努力し得る才だ」
というゲーテの言葉とどこか通じる。
そして、このふたつの言葉は、小林秀雄の口を借りれば「ほとんど正しく理解されていない」。
なぜなら、小林いわく「努力は凡人でもするから」であり、
そこに連ねて云わせてもらえば、おそらく凡人はシンプルであることを安に「単純」や「安易」「簡単」「素のまま」などと解釈してしまう。
しかし、それは違うと、スティーブ・ジョブスもゲーテも小林秀雄も口を揃えて云うにちがいない。
才を極めようとするものは異口同音だろうとも思う。
簡単に見える、思えるものほど複雑なのは、自然界をみればよくわかる。
一枚の葉のデザインやその仕組みは、見れば見るほど、知れば知るほど、その精巧さと神秘なる美しさに驚嘆する。
画家や音楽家、科学者たちがこぞって「シンプルという複雑さ」に挑んでいったのもわかる気がする。
それはまさに、
「容易に見える物事にこそ学び取るべき知恵がある」からではないか。
才のあるかなしかが問われるのもまた、そこに気づくかどうかだろう。
才ある人は容易に見える物事をおろそかにしない。
単純なこと、容易なことほど真剣に向き合う。
やがてその先にある大切な何をつかみとり、シンプルの本当の意味を理解する。
それは「継続」という努力なくしてはありえないこと。
簡単なようでもっとも難しい、続けるという努力。
その努力は計算ではなく、むしろ困難や障害から引出されるものであると小林は言う。
才能が努力によって引出されるということならば、正しく容易に見える物事のなかには、計り知れない智慧がつまっているはずだ。
今回は「薄氷」を紹介。
あたたかな春の気配を感じながらも、肌に冷たい風が残る早春の朝、思いがけず氷の貼った面に出くわすことがあります。うっすらと下方を浮きあがらせて朝日にきらめく春の氷、「薄氷(うすらい)」です。続きは……。
(220321 第784回)