下手でもいいんです。目的はあとからついてきます
表千家・堀内家長生庵前主、堀内宗心宗匠の言葉である。宗匠が教える茶道の指南書シリーズ本『お茶のおけいこ』の中の一冊、『おのれを磨く日々のけいこ』に記してあった。禅僧の泉田玉堂老僧との対談で、泉田老僧に日々の稽古の意味を問われてこう答えたのである。
弓道の精神には「正射必中(せいしゃひっちゅう)」というものがある。「弓は正しく射れば必ず的にあたる」という意味だ。弓道家でもあるゴディバジャパン社長のジェローム・シュシャン氏が、この言葉を生かしてビジネスを成功させたという話は有名だ。
スティーブ・ジョブズもオイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』を読んで、弓道のこの精神に触れた。
堀内宗匠が言わんとすることは、このことと同じだろう。
日々の稽古は、正射必中のためのもの。
結果は後からついてくる、ということだ。
よく間違えるのは、目標と目的。
目標は、ある地点まで行くための目じるしとなるもの。
目標の先にあるのが、目的である。
ときどき、この目ざす的が霞んで間違った方向に進んでしまうことがある。
家族を幸せにしたいと働いていたのに、いつのまにかハードワークになって体を壊したり、金儲けに走って人の道を外れてしまったりと、目的がすり替わってしまう。
競う相手がいればなおさらだろう。
しかし、どの分野でも、優れた人には「正射必中」という共通点がある。
ビジネスの世界もアスリートの世界も、文化・芸術の世界も、最初はみんな他者を意識するが、ある地点からは自分自身を磨くことに変わっていく。
「毎日、どうして一生懸命けいこを重ねるのでしょうか」と、泉田老師。
「目的はあとからいつのまにかついてくるものです。お茶は下手でもいいんです」と、堀内宗匠。
そう答えた後に、「お茶は上手、下手は関係なく、その人のお茶ということが大事」ということを語っている。
何かに向かって取り組んでいるときには気づかないことも、後になってわかることがある。
できなかったことができるようになっていたり、知らなかったことがわかるようになっていたり。
本来の自分、自分の本性と出会うのだ。
そのときようやく、目指す的が、はっきりくっきり見えてくるのだろう。
今回は「やらずの雨」を紹介。
その場にとどまるよう、訪れた人を引き止めるかのように降ったり止んだりと降りつづける雨が「や(遣)らずの雨」です。続きは……。
(220606 第797回)