自分のやりたい学問と距離のある学問であればあるほど後になって創造的な仕事をする上で重要な意味をもってくる
「フロンティア軌道理論」でノーベル化学賞を受賞した福井謙一の言葉である。フロンティア軌道理論とは、フロンティア軌道と呼ばれる軌道の密度や相位によって、分子の反応性が支配されることを主張する理論だそうだ。その筋の人でなければ、まったくなんのことやらさっぱりわからないだろう。ヒントは「フロンティア」という言葉にあるらしい。「辺境」「国境」という意味である。
誰だったろう。
「専門家」という人たちは、専門とする分野にしか興味を示さないし学ばないから、思考が偏ると言った人がいた。
ひとつのことを極めるのはすばらしいことだが、それだけでは頭の硬いカタブツになってしまうと。
実際、ほんとうに何かを極めようと思ったら、ひとつの事柄からでも興味や好奇心は拡がってゆく。
数学者が「数」という宇宙の神秘に魅せられ、そこに音楽を聴き、信仰心へ向かうように。
そしてまた、拡がりが縮小し、一つの点へと向かうことも。
大きくなったり小さくなったり、螺旋状に渦を巻いて進んでゆく宇宙の仕組みは、人の一生にもちゃんと仕組まれているのだろう。
福井の場合、拡がりが縮小し、一点へと向かったようである。
少年時代はファーブルの「昆虫記」に夢中になり、中学で夏目漱石、高校では剣道に打ち込み、京大工学部に入ってからは数学が好きだと気づき、独学で量子力学を学んだという福井。
そこから化学科、理論科学へと興味は拡がる。
「フロンティア軌道理論」に行き着いたのは、太平洋戦争末期に陸軍燃料研究所の陸軍技術大尉に任命され、飛行機の燃料開発を命じられたことが、そもそもの発端らしい。
福井によれば、フロンティア軌道理論とは、「国境警備隊のようなもの」という。
「分子を一つの国にたとえてみると、フロンティア電子は国境警備隊のようなものだ。敵が攻めてきたときに迎え撃つのは、国の中心部にいる兵隊ではなく、国境にいる警備隊」
そう意味で、「辺境」「国境」という意をあわらす「フロンティア軌道理論」と命名したと。
いかがだろうか。
学問の拡がりは、こうも柔軟に、わかりやすく人へ伝わるのだ。
今回は「草紅葉」を紹介。
童謡『真っ赤な秋』の影響でしょうか。「もみじ」と聞くと、赤く色づいた楓の葉が浮かびます。幼い頃は、これだけが「もみじ」だと思っていましたが、ちがうのですね。続きは……。
(220927 第813回)