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紺碧の将

これで充分できると自分で意識したとき、もう一回同じことを繰り返す。これがけいこです

堀内宗心

 表千家の茶人、堀内宗心の言葉だ。著書『おのれを磨く日々のけいこ』に見つけた。茶道の教本シリーズの最終巻で、千利休のいう「稽古とは一より習い十を知り、十よりかへる もとのその一」の大切さを教えている。

 

 子供のころに、ピアノや習字、そろばん、水泳、学習塾などの習い事をしたことがあるという人は多いだろう。

 いまは習い事の数も、習う子の数も増えている。

 ところがそれが長く続くかといえば、その数は今も昔も変わらずぐんと減る。

 好きでないもの、合わないものは、続かない。

 

 しかし、どうしたことか、ある程度ものがわかりだした大人になると、なにかを習ってみたい、習い事が楽しいと思うようになるのだから不思議。

 そうなれば続けられるし、やればやるほど楽しくなる。

 これも原点回帰のひとつなのだろうか。

 

「毎日毎日変わらないようで、一日一日かならず異なるのであります。これで充分できると自分で意識したとき、また一回、同じことを繰り返す。これを絶やさないことがけいこであります」

 

 と堀内宗匠。

 

 おなじように見えて、おなじ一日などない。

 繰り返される日常を、いかに生きるか。

 それを人は求める。

 なぜ生まれたのか。

 なぜ生きるのか。

 生かされている生命をまっとうするためには、どうすればいいのか。

 昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでもよくなっていたい、成長したいと、こころが騒ぐ。

 

 意識するしないにかかわらず、だれもがみんな、奥深いところで、おのれの魂が磨かれ、高まることを願っている。

 ゆえに、魂を磨く稽古を求めるのではないだろうか。

 

 堀内宗匠は、「稽古」とは古人の精神への原点回帰ではないかという。

 

「『稽古』という言葉がありますね。これは返り点を読むと古を稽(かんがえ)るということでしょう。お茶のけいこというと、珠光とか紹鴎とか、利休さんのところへ返る。彼らがどういうことをやったかという精神の原点へ返っていくことではないでしょうか」

 

 日々の稽古や務めなどの行いは、いのちの故郷へ還るための修練。

 そう思えば、なんと尊い。

 故郷に錦を飾るとまではいかなくとも、ふるさとの親を喜ばせたいと思うのとおなじ。

 少しでも成長し、魂をきれいにして帰還したいものだ。

 

(230920 第848回)

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