本は買っておくだけでいい
元ソニーCEO・出井伸之さんの言葉。
この言葉には含意がある。本は本来、読むためにあるもの。にもかかわらず、あえて買っておくだけでいいと言うからには、そこに込められた思いがある。
出井さんはこの言葉に前後して、「買っておけば、いつか役に立つ。なければ読みたいと思ったときに読めない」と語っている。つまり、あらゆる事態に備え、〝知的ツール〟を身の周りに置いておくことが大切だということではないか。
まったく仕事に関わりのない文学全集のようなものでもいい。ふと、あの作家が表現した人間の心の深淵をもう一度覗いてみたいと思ったとき、すぐにそれを読むことができるかどうかは大きな違いである。もちろん、そうして手元に置いていたものがすべて役に立つとは思えない。それでも、無駄が必要なのだ。
人間のゲノムは、97%がジャンクだという。人間の生命的な営みを維持するには3%で足りるのだと。では無駄なDNAは存在する意味がないのかといえば、厳然とある。無駄のないところにイノベーションはないらしい。そういえば、『老子』の「無用の用」もそんな意味である。
いつ頃からか断捨離という言葉が流行り、なんでもかんでも物を捨てればいいという風潮がある。そもそも断捨離という言葉の意味を間違えている。つまらない買い物ばかりして身の周りが雑然としているのであれば、捨てることをためらってはいけないが、やがて自分の血肉になるようなものまで捨てるのはいかがなものか。そのためにも、物を買うときは、慎重に慎重を重ねたいものだ。
(250210 第873回)
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