墓の下にいても、あなた達の役に立てる。これほどの嬉しいことがあるだろうか。
ベートーヴェン
グレン・グールドは、ベートーヴェンの交響曲を「冬の車窓から眺める風景がよく似合う」と評した。偉大なる楽聖の残した曲には、聴力を失った悲運の人生を反映するかのように寒色の風景がよくなじむ。
しかし「第九(だいく)」の愛称で知られる交響曲第九番「合唱付き」はまったく違う。調が長短いずれの節であっても、力強く響く弦・管・打の音の波は、希望を想起させる暖かな旋律で満たされている。
1989年のクリスマス。ベルリンの壁崩壊を記念するコンサートで、東西ドイツ、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の6ヶ国からなる混成オーケストラを指揮したのは、ユダヤ人のレナード・バーンスタイン。奏されたのは、「第九」であった。
自身の没後から162年を経て、東西冷戦の終焉をうたいあげるファンファーレとして世界中を駆け巡った「歓喜の歌」に、楽聖も墓の下から歓喜の声をあげていたに違いない。
(130215第54回)