学問を「知識」とするならば、雑学には人が先祖代々積み重ねてきた「知恵」の重みがある
真弓定夫
自然育児療法を提唱する小児科医の真弓定夫医師の言葉である。
「医者の仕事は病気を減らし、患者を減らし、医療費を減らすこと」など、真弓氏の口から飛び出す言葉は名言ばかり。
自然の摂理に反した生き方をする現代人に、長年医者として多くの患者と向き合い、自然な生き方とはどんな生き方なのかを見出した真弓氏の人生哲学を知ってほしい。
学問は大切だ。
知らなかったことを知る喜びは、何ものにも代えがたい。
学問によって得た知識は、枝葉となって世界を広げてくれる。
しかし、学問を学問で終わらせてはいないだろうか。
得た知識は、使ってこそ生きるのだ。
使って使って使い切れば、用途に応じて自由自在に操れるようになるだろう。
先人たちが積み上げてきた雑学という知恵の結晶は、そうやってかみ砕かれた知識の旨味だけが凝縮された出汁である。
雑学をあなどるなかれ。
「雑」という字はマイナスの印象があるが、「雑穀」「雑炊」「雑煮」など、清濁併せもつ意味もあるのだから。
枝葉は幹や根っこがあってこそ伸ばすことができる。
幹や根っこの状態を知るためにも、雑学を学んでみてはいかがだろうか。
(160510 第194回)