食というものは呼吸と等しく、生命の仕組みに組み込まれている
「いのちのスープ」で知られる料理研究家の辰巳芳子さんの言葉である。著書『食に生きて』から抜粋した。
食と命のつながりについて長年研究をつづけてきた辰巳さんは、「いのちの尊さ」を語る。
ふだん何気なく口にしている食べ物に思いを馳せることはあるだろうか。
誰がどのようにして作ったのか、ということだけにとどまらず、肉や魚、野菜が実は、つい最近までわれわれ人間と同じように生きていたのだということを、理屈ではなく実感できる人はそう多くはないだろう。
しかし、彼らはたしかに生きていたのだ。命を差し出し、食べられてなお、人間の肉体と魂となって生きようとする。
呼吸をしないと生きていけないように、人は食べなければ生きていけない。これは、肉体と魂のレベルにおける厳然たる事実だと、辰巳さんはいう。
最近は、断食や食べない健康法がもてはやされる時代だが、それというのは、飽食の裏返しであって、必要以上に食べ過ぎているからに他ならない。
本来、人は食べなければ死んでしまう生きものなのだ。
他の生きものを見ても、すすんで断食する生きものなどいないではないか。
ただ必要なときに必要なものを必要なだけ食べるということが、自然のありようなのだと気づく。
「美味しい」「まずい」という味覚がだんだんおかしくなってきたのは、化学調味料が普及し始めたころからではないだろうか。そこから飽食の時代がはじまり、乱食へとむかってしまったのだとしたら…。
辰巳さんは、人間が命をまっとうする基本は「食べ分ける」ことだと言っている。
つまり、「これを食べたら養われる」「これを食べたら害がある」ということが、人間の食のはじまりであり、命の営みの根源だというのだ。
あらためて「食と命」について真剣に考える必要がある。
(160703 第211回)