世にむき出しの悪というものはない。かならず、大義名分を表に立てている
『ヴェニスの商人』より
ウィリアム・シェイクスピアの喜劇『ヴェニスの商人』より、商人アントーニオの友人、パサーニオーの名言だ。
強欲な金融業者・シャイロックが、高額な利子の正当性を証明するため聖書を持ち出したことに対して、パサーニオーはこう言った。
「裁判も宗教ももっともらしく解説すれば、その忌まわしさを虚飾のかげに隠しおおせる」と。
慧眼である。
こちらからは「善」と見えても、あちらからは「悪」と見えるものはたくさんある。
世の中から争い事がなくならないのはそのためだろう。
国際的なことから個人的なものまですべて。
どんな出来事も角度を変えれば、まったく違う解釈になる。
そのときに持ち出される法律や聖書、仏典、あらゆる至言名言は使う者によって色を変える。
それはそうだろう。
もちだすのは人間だから。主観的になって当然だ。
シェイクスピアの翻訳で著名な英文学者の小田島雄志氏は、奥さんについた嘘がばれてこう言ったそうだ。
「シェイクスピアだって、嘘はりっぱな外見をもつものだと言っているから」
奥さんは、ため息交じりに言った。
「あなたって、自分に都合が悪くなるとシェイクスピアを引用するのね」
人間なんて、そんなもの。
(160910 第234回)