物の自然に順いて私を容るることなれば、而ち天下治まらん
『荘子』より
老荘思想の根底に流れる「無為自然」を表した言葉。人的作為のないところに物事は自ずから然らしむのである。
『荘子』の応帝王編で、天下を治める方法を聞いた天根に対し、無名人という人物が答えた。
「汝、心を淡(たん)に遊ばしめ、気を漠(ばく)に合わせ、物の自然に順(したが)いて私(し)を容るることなければ、而(すなわ)ち天下治まらん」
「私情を挟むからおかしなことになるのであって、成りゆきに任せれば天下は治まるのだ」と。
物事はうまくできている。
人間が下手な浅知恵をもって事を成そうとしても、空回りするばかり。
自然の計らいである天の時、地の利、人の輪が成らなければ車輪は回らない。
タイミングと実力、人を魅了する器が揃えば自ずと車輪は動き出す。
動けば風が立つ。そして、風がさらなる風を呼び、大きく前進し始めるだろう。
何も計らなくていい。
ただやるべき事と、やりたい事を楽しめばいい。
その時が来るのを待つ。
「なんとかなるさ〜」と、天から荘子の笑い声が聞こえてきそうだ。
(161110 第254回)