そうだ、僕を鍛えてくれるのは間違いなくお客さんだ
『羊と鋼の森』より
2016年の本屋大賞を総ナメにした、宮下奈都の『羊と鋼の森』から抜粋。
ピアノの調律に魅せられた青年が、調律師としても人としても成長してゆく姿を描いた作品である。
静謐で温もりのある文体は小川洋子を思わせる。
努力にたいする結果がなかなか結びつかないことにもどかしさを感じる主人公の青年は、恩師にたずねる。
「調律師にとって一番大事なものって何だと思いますか」
恩師は応える。
「お客さん、でしょう」
嫌な客や厳しい客とたびたび巡り合うことの意味を、青年はじっくりと考えた。
そして見えてきたのが、顧客に育てられてきていたということだった。
舞台の上でスポットライトを浴びるのはピアニストかもしれない。
しかし、ピアニストはピアノと観客なくしてはありえない。
ピアノはピアノ職人たちや調律師といった人たちによって音を作り出すことができる。
ピアノ職人や調律師は、ピアノを奏でる人とその音を楽しむ人に思いを馳せる。
すべてがひとつにつながっているのだ。
どの世界もおなじだろう。
逆境や壁には必ず意味がある。
背をむけず、正面から受け止めて考えてみよう。
(170311 第294回)