芸術とは見えるものを再現するのではなく、見えないものを見えるようにするものである
一見、子供の絵かと思わせる無垢な線画があるかと思えば、パズルのピースをはめ込んだようなモザイク画で色を操り、見る物を不思議な世界へといざなう。スイスの画家、パウル・クレーの作品からは、リズミカルな音楽が流れ、静かな詩が聞こえてくるようだ。なるほど、彼はこの言葉どおりに描き続けていたのかと、合点がいった。
「いちばん大切なものは、目には見えないんだよ」
サン=テグジュペリの『星の王子さま』の中で、キツネはそう言った。
いちばん大切なものは目に見えない。
だから、心で見るんだと。
いきつけのカフェのオーナーが煎れてくれたコーヒーは、特別おいしい。
同じ豆を買って自分で煎れたコーヒーとは、ひと味も、ふた味も違う。
なぜなんだろうと、不思議に思って聞いてみると、お湯の温度やカップの温度、豆の分量、注ぎ方など、微妙な違いがあることがわかったが、それだけではないような気がした。
「お互い、顔なじみという安心感もあるかもしれませんね」
そう言って、オーナーは照れ笑いした。
オーナーの心が、一杯のコーヒーになる。
この人のために、おいしいコーヒーを提供したい。
だれよりも、どこよりもおいしい一杯を。
それは、パウル・クレーの言う芸術と同じ。
見えないものを、見えるようにしたということ。
いちばん大切なものは目には見えない。
だから、心を込めてかたちにする。
本当に良い物は、見えるものから五感を通して感じられるものなのだ。
(171015 第364回)