師造化
これが格言? とお思いの方、あなどるなかれ。知っている人は知っているはず、かの北斎が好んで使ったこの「師造化」という落款と、その名に秘めた熱き誓いを。
葛飾北斎、30代後半から50代前半にかけて名乗っていた名は北斎辰政(ほくさいときまさ)。ころころと名を変えていたことで知られる北斎が、初めて「北斎」とつく名を名乗ったのがこのときである。標した号が「師造化」だった。
「北」と「辰」で「北斗七星」を、「師造化」は万物の創造主を表している。
美術の師は自然であると言ったダ・ヴィンチ同様、北斎は自然を師と仰いだのだ。
「我、北斗七星に誓う。天地自然を師と仰ぎ、誠心誠意、画業に尽力することを」と、天に誓ったのかもしれない。
森羅万象、無為自然。
本来この世はあるがまま。
映る姿に美醜、善悪、表と裏と、色をつけたがるのは人間の業。
柳は緑、花は紅であることに、何ら変わりはないものを。
ありのままの自然とは、今というこの瞬間。
過去でもなく未来でもない。
北斎は、「いま、ここ」を切り取る天才だった。
現前する自然には、過去から受け継ぐ命があり、未来へつづく命がある。
それも「今」という時があってこそ。
あらゆる自然が、そのまま真実。
大自然、大宇宙は、人間の計らいごとなど構うことなく動きつづける。
生きるも死ぬも自然のなせる業ならば、万物斉同。
自然に倣い、それぞれがそれぞれの性を生かし、限りある命を精一杯生ききることが、この世の創造主の願いなのかもしれない。
北斎が、ダ・ビンチが、多くの先人たちが崇拝した大自然こそ、人生を全うする最高の指南書なのだろう。
(180131 第398回)