幸運の女神は、入口で迎え入れてくれたときのように温かく出口で見送ってくれることはまれ
17世紀スペインの哲学者でありイエズス会の修道士であったバルタザール・グラシアンの言葉である。ニーチェやショーペンハウアー、森鴎外、ヴォルテールなど、数多くの偉人たちにも影響を与えたという賢人の教えは、マキャベリに負けず劣らずのリアリズム。現実社会を賢く生きるための智恵を教える。
幸運の女神というのは、どうも気まぐれなようだ。
突然、天にも昇るような幸運を与えたかと思うと、手のひらを返したように奈落の底まで突き落とす。
愚かな人間をもてあそぶかのように、天国と地獄を味わわせる。
ダンテの『神曲』さながらに。
バルタザールによると、賢く生きるには幸運の女神のことをよく知り、味方につける必要があるという。
「幸運の女神の家には、喜びの門と悲しみの門がある。喜びの門から入れば、悲しみの門からは出られない。反対に、悲しみの門から入れば、喜びの門から出ることができる。重視すべきは出口である」
出口とは物事の最後、終わりをさす。
順調な船出が悲惨な結末を迎えるということはよくあること。
喜びをもって迎え入れられたものの、舞台から降りるときにヤジを飛ばされたり見送りもないというのは悲しすぎる。
何ごとも引き際が肝心ということだ。
人は死んだときに、その人の生きてきた結果が表れる。
死とは生の証。
因果応報である。
4月は物事のはじまりのとき。
いつか終わりを迎えるそのときに、幸運の女神が出口で微笑んで見送ってくれるよう努めていこう。
(180403 第418回)