売れないものをお造りなさい。必ず売れます
『茶の本(The Book Of Tea)』で知られる、岡倉天心の言葉だ。これまで彼の言葉をいくつか紹介してきたが、これほど天心を表している言葉はないのではないかと思う。美術界の異端児だった天心が、在野にいながらにして近代日本美術の立役者になったのもうなずける。物事の本質を見抜く洞察力は半端ではない。
彫刻家の平櫛田中(ひらくしでんちゅう)が、彫刻が売れないことを嘆いて仲間とともに師の岡倉天心のもとへ相談に行き、こう訪ねた。
「がんばって良いものを造っているのに、なぜ、彫刻は売れないのでしょうか」
天心は言った。
「諸君は売れるようなものをお造りになるから、売れない。売れないものをお造りなさい。必ず売れます」
この言葉に開眼した田中は、後に数々の逸品を生み出し、その名を残すまでになった。作品群はどれも、呼吸や体温まで感じられるほどリアルで、躍動感に溢れている。一度目にしたら忘れられない。
人の心というのは不思議なものだ。
追えば逃げ、逃げれば追われる。
人の心だけではない。
この世の摂理が、おそらくそうなっているのだろう。
人も、鳥や虫も、モノも、お金も、愛情や慈悲といったものまでもすべて、追えば逃げ、逃げれば追いかけてくる。
よせては返す波のように。
世間の常識や価値などは、時代とともに移り変わる。
くるくる変わる人の顔色に振り回されてはいけない。
これと信じた道を極めようと努めていれば、自ずと結果はついてくる。
人に従うのではなく、天に従う。
天の心をつかむことができれば、人の心もつかめるだろう。
(190109 第503回)