シンプルこそ究極の味
イギリス出身の振付家、クリストファー・ウィールドンの言葉である。読売新聞の中面、エンタメ欄に大きく紹介されていた。ぺらぺらとめくっていたら、この見出しが目に飛び込んできたのだ。彼の思想哲学が、この言葉に集約されている。
シンプル・イズ・ベスト。
複雑になればなるほど、この言葉を唱えたくなる。
頭では、だれもが理解していることだろう。
ところが、現実はそうではない。
ちょっとここが・・・
ここをもう少し・・・
このスパイスはどうだろう・・・
などと、なにかを足してみたくなる。
何かを隠すように、ペタペタと。
だけど、隠そうとすればするほどボロは出るし、元はなんだったのかが分からなくなる。
シンプルなものほど、扱いはむずかしい。
ほんとうに美味しいごはんを炊くのがむずかしいように。
演劇はもちろん、絵画も音楽も文学も、茶道や華道、武道などの文化芸術、伝統工芸、学問、料理など、どれをとっても、究極はシンプルであることだろう。
「お客さんには単純に楽しんでもらいたい。振付がむずかしく見えなければOK。実際にはさまざまな要素を組み合わせ、作る側としては難解なのですが。おそらく料理と同じで、究極の味こそシンプルに感じられるのではないでしょうか」
人は何も持たずに生まれ、何も持たずにこの世を去ってゆく。
シンプルからシンプルへ。
白から黒へ。
さまざまな色を足しながら、ふたたび一色になってゆく。
複雑な味を覚えてしまった舌に、白いごはんは味気ない。
けれど、何日間も食べられない日が続いたあとの、白いごはんの美味しいこと。
味気ないのはごはんではなく、自分自身だったことに気づく。
雑味にどっぷりつかってしまっては、いい味もいい気も感じられなくなるから要注意。
究極の美味は、シンプルななかに隠れている。
隠れているところに、旨味はぎっしりつまっているのだ。
(190117 第505回)