遠くから想うとき、いろいろなことがとても美しく見えてくる
ドイツの哲学者、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェの言葉を紹介しよう。古典文献学者でもあったニーチェは、有名な『ツァラトゥストラはかく語れり』を始め、数多くの文献を残している。彼の思想哲学を集めた「ニーチェの言葉集」を手にした人も多いのではないだろうか。
ふるさとは、遠きにありて思うもの……。
洋の東西を問わず、人は誰しも似たような感懐を覚えるのだろう。
室生犀星が、「遠きにありて」と詩に歌ったように、
ニーチェも「遠くから想うとき」と、視野を広げることの大切さを語った。
人は、大切なものほど忘れがちになる。
空気も水も、植物も、
あまりにも身近にありすぎて、
それがどれだけ大切なものかを忘れてしまう。
むしろ忘れるなら、まだいい。
存在がありすぎて、アラが見えてしまうよりは。
アラが見え始めたときの対処法として、ニーチェは一旦遠くから見ることを提案する。
「ときには、遠い視野というものが必要かもしれない。
たとえば、親しい友人らと一緒にいるときよりも、彼らから離れ、独りで友人らのことを想うとき、友人らはいっそう美しい。音楽から離れているときに、音楽に対して最も愛を感じるように。
そんなふうに遠くから想うとき、いろいろなことがとても美しく見えてくるのだから」
親元から離れて初めて、親の愛を知るように、外国に行って初めて、母国の良さを知るように、対象から離れることは、より近くにそのものの美点を引き寄せる。
実像は、
近づけば遠く、遠くなるほど近づいてゆくもの。
星月は、遠く眺めるから美しい。
富士の山も、絵画で見るそれのように、遠く眺めるほど美しい。
ミクロの世界も神秘的で美しいが、マクロの世界もそれに劣らず美しい。
宇宙から見た地球が、青く美しい惑星であるように。
(190630 第553回)