選択によって自分が何者かが決まる
アメコミ好きにはたまらない、スパイダーマンシリーズ。ファンなら知っているだろう。『スパイダーマン3』の最後のシーンで語られたこの言葉を。スパイダーマンことピーターが、友人ハリーから得た教訓として語られている。誤解から仲違いしていた二人がようやく和解したと思いきや、敵との戦いでハリーはピーターをかばって死んでしまう。友人の死によって、ピーターは「選択とはなにか」を学ぶのだ。
人生は選択の連続である。
朝起きてから夜ベッドに入るまで、わたしたちは大小さまざまな選択をしている。
たとえルーティン化された日常であれ、「選択」が一日をつないでいるのはたしかだ。
何を食べ、何を着て、何を履くのか。
前後左右どちらがいいか、わるいか。
どこへ行くのか、なんのためにそれをするのか。
見るもの、聴くもの、触れるものすべてに選択肢があり、それは無数にある。
何を選ぶかは自由。
好きでしていることも、そうせざるを得なくてしていることも、
どちらであってもそこに身を置いているなら、自分がそれを選んでいるということ。
選んでいるのは自分だ。
何が正しいかはわからないからこそ、人は間違った選択もする。
いいと思って選んだとしても。
何が正しいかで悩んでいたピーターは、ハリーの死で気づくのだ。
「どんな状況になっても、どんな心の葛藤があっても、人は常に自分の道を選択できる。友人のハリーはそう教えてくれた。ハリーは、彼にとってベストな道を選んだ。
選択によって自分が何者かが決まる。そして私たちは常に正しい道を選ぶことができる」
何を選び、どう生きるのか。
選択権は自分にある。
(200219 第618回)