ふたつよいことさてないものよ
臨床心理学者、河合隼雄の言葉を紹介。日本初のユング派分析家であり、箱庭療法をはじめとするさまざまな心理療法を日本にはじめて導入した河合。こころの問題を抱える人と対峙するとき、「人のこころなどわかるはずがない」という前提に立たねば間違いを犯すといって、カウンセリングの前には自分に言い聞かせていたという。有名無名問わず彼を慕い、救いを求める人が多かったのも分かる気がする。
『よくばりな犬(原題「犬と肉」)』というイソップ童話がある。
肉をくわえた犬が橋を渡っていたときに、川に映る自分を別の犬と勘違いして肉を奪おうと飛びかかったとたん、肉を落っことしてしまうという、なんとも哀れな話である。
教訓の多いイソップ童話の中でも、とりわけ有名なこの物語。
河合の言葉で思い出した。
愚かな犬に、
「ふたつよいことさてないものよ」
と言ってやりたい。
イソップ童話の作者、アイソーポスは人間の愚行を犬の行動に置き換えただけにすぎず、『よくばりな犬』はそのまま『よくばりな人間』と言い換えることもできる。
人間には「食欲・睡眠欲・性欲」という生命に必要な生理的本能の3大欲求に加え、財欲、名誉欲があるとされている。
仏教でいう、財、色、名、食、睡の「五欲」である。
これら5つの欲望も、それ自体が悪いわけではない。
欲に目が眩んで過剰に求めすぎるから、しなくていい失敗を犯すのだ。
そのことを承知の上で、欲と手を組めばいいものを・・・。
「人間はよいことずくめを望んでいるので、何か嫌なことがあると文句のひとつも言いたくなるが、そんなときに『ふたつよいことさてないものよ』とつぶやいて、全体の状況をよく見る」
すると、うまく出来ているなあと微笑するほどでなくても、苦笑ぐらいして無用の腹立ちをしなくてもすむことが多い、と河合は言う。
一度手に入れたものは当たり前になり、さらに「もっともっと」と欲がでる。
最初から「ない」ものと思えば、くわえた肉だけでも十分ごちそうじゃないか。
今回は、「雲の鼓」を紹介。雲に鼓とくれば、鬼。「風神雷神図屏風」の雷神が浮かびませんか。そのとおり、「雲の鼓(くものつづみ)」とは「雷」のこと。続きは……。
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(200719 第654回)